4 優香へ

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4 優香へ

きいさんが亡くなった。 知らせを聞いた時、わたしは大学三回生になっていた。季節は三月。丁度、桜が満開だった。 教えてくれた母親に詰め寄る。 「癌……?」 「本当は、優香がお世話になった時から、ちょっとずつ体悪かったみたい」 山田のお家と、きいさんの姿が、一瞬でよみがえった。 あの時から、きいさんは既に。 そんな素振り、一つも見せなかった癖に。 「裕子おばさんが最後看取ったって」 「何でわたしらは知らせて貰えなかったの!?」 「きいさんが嫌がったって。あの人、かっこつけやから。自分の弱ってる姿、人に見せるの、嫌やったみたい」 「昭和の俳優か!?」 怒鳴ってみると、意外に、しっくりきた。 きいさんは古き良き時代の作家だ。豪放磊落という言葉が似あうその裏で、訳の分からんこだわりを持つ人だった。 物語に対して誠実で、実直。 病気だったということを考慮しても、物語を通じて出会うきいさんと、日常生活を送るきいさんは、ちょっとかけ離れた姿をしていた。 * 大阪の山田のお家は、数年前とちっとも変わらない佇まいながら、何もかもが変わってしまっていた。 線香と、沢山の白い花。 訪れる人らは様々だった。ぱりっとスーツを着こなしたビジネスマンから、趣味で繋がったような人らまで。 かっこつけのきいさんは、色んな人に好かれていた。 きいさんの棺を睨みつけていると、裕子おばさんが話しかけてきた。 「優香ちゃん? まー綺麗なって」 「ご無沙汰してます。全然顔見せれへんで、すいませんでした」 裕子おばさんと話すと、引っ掛かりなく関西弁が出てきてしまう。裕子おばさんが優しく笑った。 「喜一郎さんね、優香ちゃんに手紙書いてたんよ。後で読んだってくれる?」 お通夜が落ち着いたのは、深夜の三時だった。 裕子おばさんは疲れた様子で、きいさんが書いたという手紙を渡してくれた。 わたしは座敷の隅で、きいさんからの手紙をひろげた。
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