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不思議な世界に迷い込んで、ラブカに追いかけられて、沈没船の呪いにかかって、やっと帰り道を見つけたのに。
ここまで一緒にやってきた花火くんを犠牲にするとかありえない。
反論しようとしたら、きいさんが楽しそうに話し出した。
「レイちゃんたちは水風船の中の水を通って帰るねんやろ? それ、水風船を割ったやつは帰れん設定にしたらいい。花火くんに壊させるか、レイちゃんが壊すか、どっちを選ぶ?」
「きいさん、ひどい!!」
思わず声をあげた。
「花火くん可哀そう、なんでそんな事いうの、わたしハッピーエンドがいい」
「ほな、何か切り札を作れ。花火くん、一回来た事あるねんやろ? 切り札つこて、二人で帰ったらええねん。
というか、花火くんは何でレイちゃんをずっと助けるねん? 好きな子を助けたい、とかなら男としてはある意味ハッピーエンドかもしれんぞ」
瞬間、聞いた事もない花火くんの声が聞こえた。
──ぼくは花火だから。燃えない花火はしんでいるのとおなじ。最後に、一番輝いて、あなたを送りたい。
水風船が割れる。ひかりがあふれる。
「あかん、自己犠牲なんて。嫌。偽善やわ。自分も助かってこそのヒーローやろ!」
怒鳴ってしまった。
きいさんが、ぎょっとした顔になった。
ちょっと考える感じを見せたあと、穏やかに話す。
「まあ最近の流行りから言うと、深海のお祭りに紛れ込む前に、レイちゃんに何らかの能力を付与してくれる人がいて、レイちゃんが深海で活躍してどこまでも続く話がウケるねんけどな」
きいさんの話を理解するまで、少し時間が必要だった。
「……今作ってる話と真逆やん」
よくよく考えると、今、テレビアニメやラノベで見かける話の筋はだいたいそんな感じのが多い。
きいさんがほくそ笑んだ。機嫌がいい時の証拠だ。
きいさんはどんな話でも、話そのものを大事に扱う人だ。
「せや。大体帰りたくないからな。行きっぱなしや。まあ、それもまたよし」
「ウケる話がええ」
「ん? どっちでやってもウケるで? 大事なのは、レイちゃんが何をしたいかやから」
言われた瞬間、頭が真っ白になった。
レイちゃんはどうして地上の世界へ帰りたいんだろう。
ばちん、と、座敷の窓に蛾がぶつかった。
見えない障壁にぶつかって、蛾は、戸惑っているようにも、諦めたようにも、進む道を探しているようにも見えた。
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