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3 きいさんからの餞別
わたしは、中学一年生になった。
ただ、またすぐに転校だ。
来月の五月。両親が日本へ帰って来る。
次の住居は北海道だ。
様々な準備が着々と進められていった。きいさんも、裕子おばさんも、ちっとも寂しく無さそうだった。
わたしも寂しいなんて言い出せなかった
きいさんの家を出る日は、非常に、あっさりとやってきた。
別れ際、きいさんは「餞別や」とずっと使っていたモンブランの万年筆を、そのままわたしにくれた。
渡された万年筆が八万円もすると知ったのは、随分あとの事だった。
きいさんと一緒にいなくなってから、わたしはあまり話を作らなくなった。
新しい人間関係が大変やったとか、部活に入ったとか、理由は色々ある。
とりあえず、久しぶりに話を作ろうかと万年筆を手に取って、インクが出てこなかったのには焦った。
慌ててデパートの文具屋に持っていく。
すぐに対応してくれた。
「万年筆の内部を洗浄させて頂きますね」
店員さんが、万年筆は使用しない間は中のインクをきちんと洗浄しないといけない事、すごく高級な万年筆である事を、丁寧に教えてくれた。
メンテナンスから帰ってきた万年筆を再度使うには、勇気が必要だった。
もう少し時間ができたら、何かを思いついたら、と思っている内に、いつの間にか受験がやってきた。
万年筆を使うことなく、わたしは高校生になった。
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