1.同じ温度の握手

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日本人ということならうちの社員かもしれない、助け起こしてやるべきだろうか。私がちらりと思った時、通りすがりのビジネスマンが男へ手を差し伸べた。 「イッテー。あ、どうも、すみません」 転倒した男の無事を横目で確認し、私は踵を返して回転ドアをくぐってエレベーターで33階へ向かった。エレベーターを降り、受付を通過して秘書課のロッカールームに着いたのは8時45分だった。 コートとバッグを自分のロッカーに収納し、ブーツからパンプスに履き替える。指定された時間にはまだ早かったが私は社長室へ向かった。日系企業で働く上で時間厳守は重要だ。 社内の廊下やオフィスルームは無色透明のガラスの壁で仕切られている。各部署を仕切る壁もガラス製なのでフロア全体の見通しは良い。廊下を歩きながら横目で見るとどこの部署も人影が少なく、出勤しているのは部課長クラスの社員や日本人ばかりだった。 社員は1日8時間勤務さえすれば出社時間は自分で決めることができる。だが日本人の多くは毎日9時から働いていて、10時に出社したアメリカ人より遅くまで仕事をしている。勤勉な人々は在留年数が長くなるにつれてアメリカ人の働き方に染まっていくが大抵は3年ほどで赴任期間を終えて母国へ帰ってしまう。
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