K.どこまでもついていく影

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我ながら少々やり過ぎた感はあったが、2ヶ月前に彼女が俺にしたことを考えれば大したことではない。ところがアンは恥ずかしそうにうつむき、俺が舐めたところをハンカチで押さえた。これ以上ないほど彼女らしくない反応に、俺は目の前の女性が本当にアン・タイラーなのか分からなくなってきた。 「照れてません。私は抗議してるんです。知り合いに見られたら弁解できません」 「大丈夫だよ。ここはニューヨークじゃなくてワシントンD.C.だし」 「それでもダメです。それに、私があなたにキスするのはありですけど、逆はダメ」 「何なの、その不公平」 アンは長い睫毛をわずかに震わせた。 「——私の中で何かが壊れるような気がするから」 アンの恋愛感は難解だ。だが彼女のその言葉の意味については、俺にも何となく分かった。俺たちの関係はまるで水平を保つシーソーに転がされたボールのようで、俺たちのどちらかが少し身じろぎしただけでボールは転がり落ちてしまう。その漠然とした危機感に、俺はこれまで何度もブレーキを踏んできた。それなのに大停電の夜にそれをぶっち切って突撃してきたのはアンの方だ。 「分かったよ。ごめん」
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