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俺はそう言って腰をかがめ、うつむいた彼女の顔を横から覗き込む。こちらの女性は日本の女性ほどいつでも化粧をしていない。アンも出勤時とドレスを着る時しか化粧らしい化粧はしないと言っていた。だから俺はアンの素顔を何度も見たことがあるが、こんなに明るい場所で、こんなに近くで見るのは初めてだった。彼女の鼻や頬に薄いそばかすが浮いているのを見つけ、なんてセクシーなんだろうと密かに感動した。
「顔が近い。いい加減、殴りますよ」
言いながらアンは俺の肩に強めのパンチをくらわせた。その声はとがってこそいたが、不思議な甘さを感じた。
「もう殴ってんじゃん。あ、もうこんな時間。チェックインしよ」
腕時計の針は6時55分を指していた。身体を起こし、アンの背中を押して歩き出そうとした時、俺は失神しそうになった。少し離れたところに石像のように固まったターミネーターが立っていた。背後に長男を従え、手には飛行機のぬいぐるみを持っている。
「……ケイ、これ、君の息子に」
アンの父親は呆然とした顔でぬいぐるみを差し出し、ようやくそれだけ言った。俺はこの事態をどう収拾すべきか分からず、ただただ立ち尽くしていた。
「あなたのせいですよ」
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