1.同じ温度の握手

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1.同じ温度の握手

世紀末が終わり21世紀を迎えた33日目の朝、その男はやって来た。ニューヨークは数日前から寒波による積雪が続いていて自宅を出た時の気温は零下13度。ただでさえ出勤者の少ない金曜日に訪れた悪天候のせいで地下鉄の車内は空いていた。 真夏より真冬の方がはるかに得意という北国生まれの私だが、今朝ばかりはできることならベッドから出たくなかった。新しい同僚がトーキョーからやって来る。その日が今日でなければどんなに良かったか。 不毛な恨み言を胸の中でつぶやき、私はウォールストリート駅からオフィスまで早足で歩いた。世界で最も有名な金融街には世界中から訪れた多種多様な人々が歩いているが、その誰よりも雪道には慣れているつもりだ。 勤務先のオフィスが入居しているのはかの有名なワールドトレードセンターの近くにある超高層ビル(スカイスクレイパー)だ。その入口に着くと私は傘を閉じて振るい、コートやスーツのスカートについた雪を入念に払った。子供の頃、きちんと雪を払わないまま暖かい室内に入り、よく母に叱られたので習慣だ。 「ウッワー!」 日本語の叫び声を上げ、目の前でグレーのコートの男が派手に転倒したのはその時だった。雪の舞う幻想的な朝に似つかわしくない間の抜けた声だった。
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