第4話 なんとなく臭い食べ物

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第4話 なんとなく臭い食べ物

 食物の神『ウカー』は転生前にある手助けをしてくれると言った。毎日1度まで言葉に耳を傾けてくれる。必要なものがあれば手元に届くようにしてくれるというのだ。しかし彼女は万物の神ではないし生命や運命というものを司ってはいない。なので蘇生であったり、不運を避けるということはできないそうだ。 『あなたの身体は他者に比べて丈夫で力強く、毒や呪い、魔法に対する耐性もできる限り強めました。しかし、即死攻撃には気をつけなさい。首と胴体が分離したらしばらくして魂はその肉体を離れるでしょう』  毎日1度まで言葉に耳を傾けられると言っても、現世にいる僕と会話をする度にその力を使うことになるらしい。なのでできれば使わないほうが、今後のためではあると言っていた。  この世界に来て1週間ほどたち、僕はいくつかの食材が手元にくるように食物の神『ウカー』へお願いをした。例えば既にこの世にあるものであれば、どれだけ遠方でも運命の流れで近くまでくるように、無ければ新しく芽生えるか、既存のものとの配合ができるように天啓を下すとともに調整する、など。  要は万能ではないため、多少回りくどいやり方を経ることになるのだ。  そうしてついにコメがやってきた。  この世界では異世界からの転生・来訪者は珍しくない。とは言え、何かしらの能力や知識を備えていることも多く、あまり目立たないほうが良いだろうとジャンさんからは言われていた。なのでパン屋の一人娘マフィには遠い異国の地から流れ着いた者として自己紹介している。  なので先程のコメに関する説明は、僕のふるさとでは、と言う程度にしたのだ。もし以前に僕と同じ世界から転生してきたものがいれば、その際に生まれた食べ物や道具もあるらしい。ただ全てのルーツに関しては神の立場としては口にすることができないので、このコメが元々あったものなのか、神の力によって生まれたのかは今の所定かではない。 「コメって美味しいの?」  1ヶ月一緒に居て分かったことなのだが、ルナは食いしん坊だ。さすがは食堂屋の娘。 「あぁ、美味しい。甘みがあってな。色んな調理法があるんだ」 「ふーん」  ルナにとって細かいことはどうでもいいのだ。美味しいか、美味しくないか。それだけである。  しばらくマーケットを進んでいると肉屋にたどり着いた。 「今日なんか臭いね」  ルナは鼻がいい。やはり犬か猫なのかもしれない。 「おいおいルナちゃん、店に来ていきなり臭いたぁ言い過ぎじゃないかい?」  肉屋の旦那、ミルトさんだ。何となくミートという音に近いのですぐ覚えた。2mちょっとの大男で肉屋を開く前は傭兵をしていたらしい。肉を捌いてる様子はさばくというより砕くに近い気がする。 「この匂いは……チーズですか?」 「ん?おめぇ知ってるのか?まぁ以前からあったことにはあったんだがな。最近色んなチィズなるもんが入ってくるようになってな。一応うちも取り扱いはじめたんだが、臭いってんで売れなくてよ。ガハハ」  なかなかうちの女神は優秀なようだ。前世の世界でもチーズは人類史においてかなり昔から確認されていた。一説では紀元前5000年頃のチーズが発掘されたほどだ。最初のチーズの歴史は未だに分からないことが数多い。 「随分種類がありますね。10種類くらいでしょうか。それぞれ適当な分量わけてもらえますか?全体で1 kgの半分くらいあれば」  この世界ではどうもgに相応するようなものがない。kgから始まるのだ。これは不便だなと思うが、誰も気にしないのだろうか。 「はぁ〜。そうだな。できれば全部持っていってもらいたいが、そうしたら2 kgやるよ。代金は1 kgの半分でええ。ただ随分金がかかってな。銀貨1枚もってるか?」  1万円ほどか。でもまぁ、この種類と量ならずいぶん安いな。 「ありがとうございます。ちょうど欲しかったんです」 「おうそうか。ルナちゃんは嫌そうな顔してるぞ」 「臭い」  ここにあるチーズ全部が全部臭いわけではないのだろうけど、たしかにやや強烈な匂いを出してるやつがいる。おそらくヤギのような動物で作られたチーズがいくつかあるのではないだろうか。ブルーチーズらしきものも見えるが、この世界はカビや菌という概念が無いようで、ルナもミルトさんも気にしていない。 「にしても……こりゃ珍しいのが紛れ込んでるな。 乳扇(ルーシャン)じゃないか」 「ルーシャン?」  ルナが聞き返してくる。発音自体が珍しいのかもしれない。  ミルトさんは興味が無いようで、せっせと袋に詰めている。魔収納袋と呼ばれる魔道具で見た目以上に量が入り、腐敗も進みにくい。生きている物は入れられないが植物は採取した時点で入れることができる。中は全てごっちゃになるので、液体物と固形物を入れると汚れてしまう。なのでミルトさんはチーズを紙のようなものや動物の皮らしきもので包んでから入れている。  魔収納袋を使うと魔収納袋自体の重さしか感じない。仕入れには非常に役に立つのだが、どういうわけかある一定数の魔収納袋を担ぐと人は持てなくなると言われている。魔収納袋は小さくても高価なため、普通の買い物で使われることはないが、ジャンさんのような食堂で長い取引がある店同士であれば、このように貸し出してくれるのだ。 「ルーシャンというのは……牛や山羊の乳を使って作ったチーズなんだ。その乳と、とある植物からとれる液体を使って固める。まぁとにかく色々して乾燥させるとできるんだ」 「ふーん。美味しい?」  やはり美味しいかどうかだけ重要なようだ。 「あぁ、旨いぞ。早速後で食おう」 「お前さん……物好きだねぇ」  肉屋のミルトさんはとてもそんなゲテモノ食えたものではないというような視線をコチラに送ってくる。おそらく他のチーズもそうなんだけど、食べ方や調理法を知らないのだろう。そのうち食堂に顔を出すだろうから、色々と食べさせてあげよう。 「また買いにくるから、よかったら仕入れておいてくれよ」  ミルトさんは一瞬嫌な顔をするが、荷造りを終えた魔収納袋を手渡すと諦めたような顔をした。 「まぁ、お前さんが買うというなら。しばらく店前に並べるのはやめて裏にしまっておくから、来た時に声かけてくれ」  よほど匂いがきつかったのか、この街では馴染みがなかったらしく今日は店の前を怪訝な顔で通り過ぎる人しかいなかったらしい。あれだけ臭い臭い言ってたルナは、ルーシャンというチーズが旨いことを知ると他も全部旨いと思ったのか、何も言わずに機嫌よく鼻歌を歌っている。  肉屋を過ぎるとマーケットをぐるっと周り、野菜屋にやってきた。この野菜屋を終えたら今日の仕入れは終わりで、あとは帰り道に進むだけだ。  マーケットはまだまだ大きくさせている途中なのか、この辺りからは人影も店もまばらになってくる。少し裏に進むと貧困街に入ってしまう。 「コメにチーズが手に入ったから、たぶんアレもあるかなぁ」 「あれって?」  ルナはもっと美味しいものが出てくるのだろうと期待を寄せている。獣耳としっぽがついてたらピクピク動いてそうだ。 「そうだなぁ、また臭いものかな?」 「臭くて美味しいもの?」  臭いものは美味しいものである、という風に思うようになったらしい。全くありえない訳ではないが、単に臭いだけのものだってあるのだから、注意が必要だ。 「やぁルナちゃん、ショーマさんこんにちは」  野菜屋のおば……お姉さん、サルディさんだ。年齢は怖くて聞いたことがないが、おばさんと言うと怒られるのでお姉さんと呼ぶことにしている。 「こんにちは、サルディさん。今日はまた、珍しいものが入ってそうですね」 「おや、分かるのかい?なんでも久しぶりに南の国から商人がやってきてね。ウカルとか何とか言ってたような。若い娘さんぽかったんだけどね。なんでも流通できる香辛料が色々増えたとか言ってね、まぁそれで気づいたら仕入れてしまっててねぇ。しかしよくあの南の魔山岳地帯を超えてこれたもんだ」  あぁ、それ絶対、食物の神『ウカー』だ。この国の南は魔山岳地帯という異世界ファンタジー小説お決まりの魔物がたくさんでる山岳地帯がある。道はあると言えばあるのだが危険過ぎるために商人はみな迂回してくる。そのため荷量が少なかったり、高価だったりするのだ。  そんなとこを素通りできるのは神か熟練の冒険者くらいだろう。 「とりあえず今日入った香辛料達を……んー、量を考えるの面倒だな。銀貨1枚分ください」  おそらく唐辛子か胡椒をつまみ食いして涙目になってるルナを横目に、僕は手早く会計を済ませて魔収納袋を受け取る。どちらも少量なら流通してると思うんだけど、別物に見えたのだろうか?
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