第5話 少女を助ける定番イベント

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第5話 少女を助ける定番イベント

 異世界転生ファンタジー小説には王道の展開という物がある。 「助けてください!」  黒髪に黒い瞳の少女が突然、腕を引っ張ってきた。背丈はルナより少し高いくらい。155cmくらいだろうか。身なりから言うと商家の娘くらいに見える。年齢は僕らと同じくらいだろうか。 「くそ、嬢ちゃんどこ行った!」  短剣を脇に差した男衆がマーケットに流れ込んでくる。今僕たちがいるパン屋のあたりまで来たら、人の少なさからすぐに見つかってしまうだろう。 「どうしたの?」  ルナが声をかける。 「少し追われていて、どこか身を隠せるところは無いでしょうか?」  事情が分からないが、人に追われるというのはあまり良い状況ではないだろう。この身なりで……物を盗んでるようにも視えない。とりあえず一度人目がつかないところで事情を聞いてみよう。 「ルナ、とりあえず食堂についてきてもらうか?」 「うーん、そうだね。こっちに裏道があるから、そこから……」  ルナは僕と少女を先導していくつかの家の間を通り抜けていく。明らかに人の庭を抜けてるようなところも会った気がするのだが、大丈夫なのだろうか。ルナが言うには道を間違えると貧困街に入ってしまうようなところらしい。幸いにもルナの足は早くないので見失うことはない。  しばらくして僕らは食堂まで戻ってきた。まだ昼前くらいだからだろうか、お客さんは何時にも増して疎らだった。 「お父さん、お母さん、お客さん」 「あら、あらあら」  ルナの母、キャロさんは最初に連れてきた女の子を見ると、今度は僕と女の子を交互に見て、最後にルナを見た。 「ん?どうした?」  何か調理をしていたのだろうか、ルナの父、ジャンさんも顔を出してくる。 「いえ、ちょうどマーケットのパン屋で最後の仕入れを終えたところで、この子に助けを求められまして。何でも追われてるみたいだったんですが」 「追われてる? んー、事情がありそうだな。ここじゃ何だから2階の個室で話を聞いたらどうだ?」  ジャンさんの食堂は1階だけでなく2階にも個室や小宴会場のような部屋がある。これからお昼時で人も増えてくるだろうし、人に聞かれるのも避けたほうが良いと思ったのだろう。  ルナと女の子3人で2階の個室へ移動する。個室と言ってもつめれば8人くらいは入れそうな部屋だ。いつの間に準備していたのだろうか、部屋に入るとすぐにキャロさんがお茶をもって入ってきた。 「お名前はなんて言うのかしら?」 「……エリーです」 「そう、エリーちゃんね。お腹は空いてる?」 「はい……その、何も食べないで出てきてしまったので」 「んー、そうしたら、ここにメニューを置いておくから好きなもの、頼んでいいわよ。そこのベルを鳴らしてから筒に向かってしゃべれば、厨房には声が届くわ。ルナ、事情を聞いといて。とりあえず何か持ってくるわね」  魔法がある世界なので通信機のようなものでもあるのだろうかと思ったのだが、意外に原始的な方法で短距離通信をしているらしい。もしかしたら魔石や魔力の節約をしているのかもしれない。 「わかった」 「ありがとうございます」  キャロさんが慌ただしく階段を降りていくと、エリーは一呼吸おいて事情を話し始めた。 「実は、とある事情で遠い親戚の家に預けられることになったのですが……そこで身売りをされそうになりまして、あと少しで娼館に連れて行かれるとこでした」  なんといきなりの展開だった。運命の女神がありきたりな筋書きでもしてるのではないのだろうか? 「それで逃げていたと……」 「はい」  エリーのお腹が鳴る。 「んー、事情を深く聞きたいところだけど、やっぱり先にゆっくり食事してからのほうが良さそうだなぁ。僕もなんか作るか」 「料理?さっきのコメ?ルー、ルー……」  ルナは朝食を食べたはずなんだが、もうお腹が減っているらしい。 「ルーシャンな。今日はルーシャンに手を付けるつもりはないが、コメの料理は作ろうと思っててな」 「コメ?コメを料理できるのですか?」  エリーがいささか驚いたような表情を見せる。 「ん?まぁな。その、なんだ。ふるさとではよく食べてたからな。ここから遠いところなんだが。なんだ、エリーはコメを知ってるのか?」 「あ、えぇっと……その……商家の娘でしたので……」  なんだか歯切れが悪いがあまり話したくない事情もあるのだろう。二人にコメの料理は時間がかかるから、作ってる間につまめるものも準備するよと伝え、キッチンへ向かう。 「あら、どうしたの?」 「キャロさん、実は今日仕入れたコメという食材で作ってみたい料理がありまして。それとせっかくなので僕がなにか他に一品つくろうかなと。野菜スープを少し分けていただけますか?」 「ん?野菜スープか?ここにある分は夜用に残してたやつだけど、自由に使っていいぞ」  ちょうど仕込みをしていたジャンさんが加熱台で弱火にかけている寸胴を指差す。この世界ではガスが無い、または認知されていないようなのだが、この加熱台は街一帯に埋められている 魔力柱(まりょくちゅう)から魔力を供給し、火力を調整しているらしい。種火は魔法でも着火石というものでも点けられる。  前世のカスコンロのようにつまみで火力を調整できる。ただ 魔力柱(まりょくちゅう)の使用料は高いため、一般家庭ではかまどに薪をくべるほうが普通らしい。 「ありがとうございます。あ、ちょうどよかった湯剥きしたトマトと牛ひき肉も使いますね。」  あのエリーという子はだいぶお腹が空いてるようなので早めに何か食べさせてあげたい。適当にパンやスープでも持っていけばいいのかもしれないが、せっかくなので一品おいしいものを作ろう。    僕はせっせと作業にとりかかる。トマトの中身をスプーンでくり抜き、ボウルへ移す。玉ねぎと、おそらく見たところではセロリらしきものをみじん切りにする。今日購入した香辛料を並べて一つ一つ匂いを嗅ぐ。  おそらく前世と同じようなものを食物の神『ウカー』は持ち込んできたと思うが、世界が違うのだ。匂いや味が同じだけで別のものかもしれにない。  牛ひき肉は軽く炒めた後に予熱を抜く途中だった。本当は少しさめているほうがいいのだが仕方ない。そこへ、みじん切りにした玉ねぎとセロリを入れ、2つまみ程度のナツメグに似た何かを入れる。塩や胡椒もふっておこう。  ジャンさんとキャロさんは作業を止めて僕の調理を見入っている。食堂の方はいいのだろうか。  朝食に食べたパンの残りから、硬そうな部分をちぎって砕いていく。まぁこれでどうにかパン粉になるだろう。パセリ(のようなもの?)もみじん切りにする。オリーブの実(これはオリーブと言ってたのでそのまんまだろう)から種をくり抜いて輪切りにする。  先程の牛ひき肉で作ったタネはくり抜かれたトマトの中へ詰め、その上に輪切りにしたオリーブとパン粉とパセリをまぶせばもう一息だ。 「これは一体……」  ジャンさんはたまらず言葉を漏らした。作業の邪魔をしないように質問せず、じっとしていたのだろう。少し失礼かもしれないが、独り言と聞き流して最終工程に入る。  最初にくり抜いたトマトの中身にオリーブオイルをかけ、こちらも塩胡椒を入れる。ニンニクがあれば良かったのだが、年頃の女の子2人とこれからゆっくり話すのだろうから、これは遠慮しておこう。  お皿にトマトに牛肉を詰めたものをのせ、その上にこのトマトソース的なものをかける。  最後にもう少しパセリをふりかけたら――、さぁ完成だ!
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