《 9 》

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《 9 》

「これは……ある夫婦についての曲なんだ」 「夫婦? まだ結婚もしたことないくせに」  弥生が笑って肩を突く。 「あ、てかもう時間じゃん。その話、絶対終わったら聞かせてよね」  そう言って走り出す弥生の背中を追う。  SATURDAY  それは太郎君と小春さん、二人のことを想って書いた詩だった。  大人なのにどこか頼りなくて、でも照れくさいようなことをさらっと言ったりする。ちょっと不思議だけど、料理が上手で素敵な帽子を作る。そして誰よりも小春さんのことを大切に想う太郎君。  明るい笑顔でくるっくる表情が変わる。しかも強くてかわいい。誰よりも太郎君のことが好きな小春さん。最後まで思い切り笑って楽しそうだった。  小春さんはもういない。でもお互いを想い合う太郎君と小春さんは、奏太郎の大好きな二人だ。    キャップを目深にかぶり、奏太郎もライブハウスの方へと歩き出すと、見覚えのある優しい笑顔が通りの向こうにあった。  太郎君だった。  太郎君や小春さんに出会い、あの土曜日の時間が始まったのもこんな六月の午後だった。ゆっくりとこちらへ歩いてきた太郎君は、やがて奏太郎の前で立ち止まる。  そしてキャップのつばの部分をひょいと持ち上げると顔を確かめ、安心したような柔らかい笑みを浮かべ、懐かしい声で呼ぶ。 「奏太郎。よく似合ってるな」  ――今はいいんだ。もう少し大きくなって、奏太郎が歌手として有名になったとき、これかぶってくれ。きっと見つけにいくから。  あのときの言葉を胸に、ずっとこの日を待っていた。  降るのか降らないのか――。  天気ははっきりしない。ライブを終え、出てきた頃にはきっと雨が降り出しているだろう。ライブハウスに並ぶ人たちはみんな、傘を手にしていた。ブルー、ピンク、黒、黄色に透明のビニール傘。    太郎君は鈍色の傘を握っている。  ――空の高い高ーいところからでも見つけるから。  小春さんの言葉を思い出す。  そして太郎君と二人、曖昧な色合いの空を見上げ思う。  小春さんに、届きますように。きっときっと、聴いてくれますように――。    その一瞬、雲の合間に一筋の光が煌くのが見えた。 「小春さんだ」  太郎君が呟くと、六月の空が笑った。 《了》
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