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ホテルにチェックインしたあと、夕方、私はもう一度大社の方へと繰り出した。向かった先はガイドブックに載っている路地裏の小さな……ショッピングモール、みたいな場所だった。雑貨屋などの他に飲食店もいくつか入っていて、フードコートのような形式になっている。テラスを通り抜けていく夜風に、もう夏の気配は感じられなかった。
私は、片隅に設置された二人掛けの席に腰を下ろした。
「ふぅ……」
ジョッキに注がれた地ビールが店の明かりを拾って、より一層綺麗な金色に輝いている。傍らには、餃子と春巻。
(綺麗……)
グラスに注がれたその金色をぼんやりと眺めながら、口の中でそう呟いた。
――僕と、結婚してください――
彼……修(しゅう)からそう言われたのが、先々週くらいだったと思う。きっと、一世一代の決心をして言ったに違いない。
――……ちょっと……ごめん、驚いた――
そこは「はい」とか、そんな返事をするべきだったのだろう。なのに私はそうできなかった。
――考えさせて――
彼は「分かった」と言ってくれたけれど、その表情は悲しそうに歪んでいた。
(結婚……)
彼との付き合いが遊びだったつもりなんて毛頭ない。ただ、結婚なんてものはもっと先の話だと思っていた。
これで良いのか。
そんな問いかけが、言葉として形になるよりも先に私を引き留めた。
修は、良い人だと思う。男性として頼れるかどうかはともかく、穏やかで優しい人。仕事も、ちゃんとしている。プロポーズを断る理由はない。ないんだけど……。
「……」
ジョッキの取っ手を掴み、ごくりと一口を押し流す。
「っは……ん?」
ヴーッ、ヴーッ。
テーブルに伏せて置いてあったスマホが震えだした。アプリの通知ならじきに止まる……いや、長い。電話だ。
(修……!)
ヴーッ、ヴーッ。
ひっくり返して見えた名前は、今、一番遠ざかっていたい人のものだった。
ヴーッ、ヴーッ。
気づいているのにも拘らず、着信が止まるのをただじっと待つ。罪悪感で微かに胸が痛んだ。
ヴーッ、ヴッ……。
「……ふぅ」
バイブが止まると、私はすぐにスマホの電源を切った。この先、多少不便にはなるだろう。だけれど、それも悪くない……そう思った。
(……よし、飲もう!)
ジョッキに半分ほど残っていたビールを、私は一気に飲み干した。
***
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