三大香木―金木犀― カミサマはそこにいた

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 翌日の午後、私は沼津に来ていた。沼津港から少し離れた場所にある、千本浜の防波堤。薄曇りの柔らかい日差しと海から時折吹いてくる風が、心地良かった。  今朝はすっかり寝坊してしまった。スマホの電源を落としていて、毎朝七時に設定しているアラームが鳴らなかったせいだ。ホテルのモーニングコールを利用すれば良かったと、少しだけ後悔した。 (……なんか、だるい……)  昨晩は少し飲みすぎたらしい。ホテルまでどうやって帰ってきたのか記憶にない。今朝目覚めた時は、スマホの充電はしてあったものの服は前の日のそれを着たままだった。十時のチェックアウトに間に合わせるため、それからの私は大急ぎで支度を整えたのだった。 「……いて」  手櫛が毛先で引っかかる。今朝きちんと髪を乾かさずにホテルを出て、今こうして潮風に晒されているのだから、当然と言えば当然だ。 (今日、髪洗うの絶対大変だわ)  そんなことを思った。  まだ、胃が重い。先ほど港で食べた刺身定食は思いのほか量が多かった。運動がてら少し歩こうと思って何の気なしに歩いていたら、こんなところまで来てしまった。 「……」  ふと振り返ると、港の活気はもうどこにも感じられなかった。やはり、随分と遠くまで来てしまったらしい。 (まぁいいか)  この防波堤をまっすぐ戻れば、港に辿り着くことができる。  前に向き直って、私は再び歩き出した。  さらにしばらく行くと、前から小型犬を連れた六十代くらいの女性が歩いてきた。 「あ、コラだめよ?」  私の脛に顔を近づけ臭いを確かめる犬に、女性が言う。 「ごめんなさいねぇ」 「いえ……」  動物は嫌いじゃない。この子は臭いを嗅ぐだけで、吠えたり噛んだりしない。それだけで十分利口だと思う。  女性は「ホラ、行こう」と犬に声をかけ、会釈をしながら私の脇を通り過ぎた。  ウォーキングをする熟年夫婦、友達同士で遊びに来ている小学生の男の子たち、若い家族連れ。皆、どこか日常の気配をまとっている。  一方、私は。 (何してんだろうな)  一人になりたいと自分で望んでここまで来たけれど、少しだけ虚しさを覚えた。 (……海、か……)  浜の方へ目をやる。 (……近くまで行けるよね、これ)  不意に、波打ち際の方へ行ってみたくなった。 「……うん、行こ」  目的地が決まったら、歩く速度が少しだけ速くなった。
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