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(……そもそも、さ)
浜へ続く階段を下りながら思う。
(別に、行き先なんてどこでも良かったんだよね)
書店でたまたま目に留まったガイドブックを立ち読みして、なんとなく決めただけ。三島にも沼津にも、これといった縁はない。
私のことなど誰も知らない、そんな場所に行きたかった。その条件さえクリアできれば、どこでも良かった。
一人に、とにかく一人になりたかった。
「……」
浜の砂利を踏みしめて、さらに波打ち際へと近づいていく。
穏やかな海。
雲間から海面に向かって、柔らかい日の光が差し込んでいる。
「……」
せわしない日常の中では、聞き取れない気がした。
私の、本心の声。
「……」
周りの人間が知る「日向(ひゅうが)みのり」ではなくて、もっと奥の、名前すらない、私の中の私の声。それは、日常の中にいると周囲の雑音にかき消されて、聞き取れなくなってしまう。
(誰に言ったって、きっと分かってくれないんだけどさ)
だから一人になりたかった。「何それ」なんて鼻で嗤われるよりも先に、一人になって、「名前のない私」と向き合いたかった。
――僕と、結婚してください――
あの時、「これは雰囲気で返事するもんじゃない」と、「大事なことだからちゃんと考えなさい」と、胸の奥で、「名前のない私」が叫んだ。
――考えさせて――
だから、素直に「はい」と言えなかった。
決して、修が悪いわけではない。
「ふぅ……」
波打ち際から少し離れた砂利の乾いているところで足を止め、腰を下ろす。相変わらず、吹いてくる潮風が心地良かった。
「……」
やっと、一人になれた。
そう思った。
(何が、引き留めさせたんだろうね、私をさ)
「名前のない私」に問う。
修は、良い人だ。でも、時々不安になる。本当に私を好きなのか。
――みのりはしっかり者だね――
彼はよく、そんなことを口にする。
それが、私には少し哀しかった。
(どこを見てるの)
そんな問いが、行き場なく胸の中を彷徨う。
(ねぇ、修……)
私はね、しっかり者じゃないんだよ。頑張って、しっかりしているように見せているだけ。
今もそうでしょ?
アナタの言葉に動揺して、こんなところまで来ちゃったんだよ。アナタを置いて、一人きりで。
正直、一緒にいるのがしんどかったりするよ。
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