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数件の着信履歴と、ダイレクトメールに紛れ込んだそんなメッセージが一件。
そうだった。
修、アナタはそういう人だったね。
(……ばか)
相も変わらず穏やかな海を眺めながら、思った。
(修に、会いたい)
***
沼津から三嶋に戻った私は、新幹線に乗る前にもう一度、三嶋大社に立ち寄った。旅の目的を果たせた「お礼参り」をするために。
立ち止まったのは本殿の前ではなく、あの老木の前。西日に照らさた御神木は、その名の通り金色に輝いていた。
匂いを覚えておきたかった。
来年の秋、再来年の秋、その次の年の秋……金木犀の匂いを頼りに、この旅を思い出すために。
「……ふぅ」
一つ深呼吸をして、金木犀の匂いで身体を満たす。
「気に入っちゃった?」
「……あ」
爺さんは「昨日ここで会った娘でしょ?」なんて言いながら、こちらに近づいてきた。今日もTシャツにジャージという出で立ちで、片手にはカップ酒。禿げた頭頂部が、西日を反射していて眩しい。
「もう帰るの」
「はい」
「そうかぁ、早く帰ってやんな。きっと首を長ぁくして待ってるよ?」
「はい」
「じゃあね、またおいでね」
爺さんはそう言って、今日はやけにあっさりと立ち去っていった。私も「失礼します」と小さく会釈をして、香る御神木に背を向けた。
――早く帰ってやんな――
(……えっ?)
私、修のこと、爺さんに言ってない……。
「!」
慌てて振り返ると、爺さんの姿はどこにもなかった。
(なんで? 今の今までそこにいたのに)
サワサワ……。
金木犀の柔らかな匂いをまとった風が、木々の葉を揺らす。それに紛れて、爺さんのご機嫌な高笑いが聞こえた気がした。
(爺さん、一体……)
あの人は一体、何者だったのだろう。
(……まぁ、いいか)
帰ろう。
修が待ってる。
彼が待っているのは私ではなくて、「日向みのり」かもしれない。本当の私を知ったなら、彼はいよいよ私との関係を終わりにしたくなるかもしれない。彼は私を受け入れてくれると信じたいけれど、不安は拭いきれない。
それでも。
「……帰ろう」
***
――修……――
――ん、どうした――
――……今から帰る――
――ん、分かった。待ち合わせしよ。東京駅でいい?――
電話でそんなやりとりをしたのが、一時間半くらい前。私は今、東京駅にいる。
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