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東京駅を出る前に降っていた雨は、三島に着く頃にはすっかり上がっていた。
(……三嶋大社)
駅前に設置された地図の描かれた看板の、その文字をなぞる。どうやら近くに大きな神社があるらしい。手元のガイドブックには、何故か詳細が載っていなかった。
その土地のカミサマには挨拶をしておこう。「おじゃまします」くらいは。そんな思いで、私は荷物を担いで歩き出した。
――そう、一人で行くの――
耳の奥で響いたのは、私の放った言葉。
――そっか……分かった――
続けて再生される、控えめな彼の声。
(……やめよう)
振り切るように、私は首を振った。
スマホのナビを起動して、その案内通りに進む。坂を下り信号を渡れば、緑豊かな公園に行きついた。どこからかの湧き水なのか、細い川が流れている。川岸の岩は富士山の溶岩だろうか。架かっている小さな石橋から覗き込めば、その流れは清らかで、川底がよく見えた。
ナビは、この小川が流れ出る先の道を進めと言っている。その指示通りに私は歩いた。時折足を止めて、小川に漂う鴨を写真に収めながら。
一人だからこそ、できる。そう思った。
同行者がいると、途端にできなくなる。窮屈に感じながら、それでも、こちらが少し我慢をすれば良いだけだからと、いつも妥協してしまう。
それがないのは、思っていた以上に気楽だ。
「……あ」
さらに道を進んでいくと、川の途切れたところのY字路の向こう側に、神社らしきものが見えてきた。「三嶋大社」と書かれた背の高い石碑も見える。どうやら着いたようだ。
信号を渡って鳥居をくぐる。ここが正面だろうか。だとしたら意外と質素だ。すぐ右にある小さなお社が池に囲まれていて、どこか幻想的に見える。道中の小川といい、この街は水に恵まれている街なのかもしれない。
手水舎の辺りまで来ると、芳香剤のような柔らかい匂いが、ふわりと風に乗って漂ってきた。自宅の近くでもこのところ香っている、これは……。
(金木犀……?)
手を洗い幾つめかの門をくぐれば、匂いを放つその樹をすぐに見つけることができた。
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