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慧は、照れ隠しに窓の方を向くと、エーデルワイスの花瓶が無くなっていることに気が付き、病室内をキョロキョロ見回した。その様子に気が付いた羽菜は枕元に置いてあったスケッチブックを差し出した。
「実は私が倒れた時、花瓶に手が触れて床に落ちて割れちゃったんです。ごめんなさい。」
「あ、そうなんだ。怪我が無ければそれでいいよ。気にしないで。…これは、羽菜ちゃんが絵を描いてたやつだよね?」
慧はスケッチブックを受け取った。
「捲って。」
慧は表紙を捲ると、現れた水彩画に心奪われ目を輝かせた。それは、青空が見える窓の前に陽の光を浴びて輝く真っ白なエーデルワイ
ス。陽の光や影の描写など、繊細な部分もまるで写真かと思わせる技術で描かれた一枚の作品は、まさに圧巻だった。
「…上手すぎて、逆に黙って見とれちゃうよ。羽菜ちゃん、才能ありすぎるよ。」
「やめてくださいよ、趣味ですよ趣味。昔から写生が好きなんです。花瓶落としちゃったのが、描き終わった後で良かったです。あ!花瓶の代わりにその絵を窓際に飾ろうかな。」
「お!いいね!こんな感じ?」
慧は窓際にスケッチブックを立て掛けた。
「勇気と忍耐…。」
羽菜がぼそりと呟いた。慧は羽菜の声がかすかに聞こえ、「ん?」と振り返った。
「あ、いや、エーデルワイスの花言葉。勇気と忍耐。まさに今の私に必要な言葉ですよね。」
「あぁ、きっと良くなるから、それまで一緒に頑張ろう。」
慧の言葉に、羽菜はニコリと微笑んだ。羽菜はちょっと考え、慧に近付くように手招きをした。慧がそっと側によると、羽菜は慧の耳元に囁いた。
「良くなったら、私の“初めて”あげますね。」
「え?……えぇ!?」
慧は唐突な言葉に驚いて尻餅をついた。
「ははは、だってそればっか考えてるんでしょ?19歳の死にたいくんは。」
「いや、あれは変わる前の自分というか、今はその…あの…。」
「本気にし過ぎぃ!へんたぁい!」
羽菜は揶揄するようにニヤニヤしながら言った。慧はニヤつく羽菜の表情がたまらなく可愛く感じ、愛しくて、羽菜の頬に掌を当てた。羽菜は最初は驚いたが、その手をギュっと握り頬を擦り寄せた。
「頑張ろうな、“羽菜”。」
「うん。ありがとう、“慧さん”。」
二人は再び長いキスを交わした。
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