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7月。真夏日の部屋。微かなエアコンの作動音だけが響く六畳間の自室。慧(さとる)はベッドに横たわり天井を見つめていた。
ぼーっと見つめているだけで、無情にも時間だけが過ぎていく。だが、別にそれで困ることなんてない。
ふと、右手を上に掲げて見つめてみる。果たして自分は今何を考えているのか…、それを考えることすら面倒に感じた慧は、何かに苛立ち身体を捻るように壁に向け、壁を一発拳で殴った。
ボコッ!「…いっつ…。」
鈍い音がし、それなりに痛みを感じた慧は、再び天井に向き直り、ヒリヒリする右手を上に掲げて見つめた。
「…生きてるってことか。」
「さとるー!」
一階から母親の呼ぶ声が聞こえた。間違いなく聞こえているのだが、敢えて無視をした。すると、今度は母親が階段を駆け上ってくる音が聞こえ、慧は面倒だと感じながら、薄手の掛け布団に全身を隠した。
コンコン。
「慧、いるんでしょ?友達が来てるわよ。」
友達という単語に慧は布団から顔を出して、ドアを見つめた。
「真田(さなだ)さんっていう女性の方。…慧、返事なさい。」
母親がそう言った瞬間、ドアが内側に開き、慧が姿を現した。
「慧、いるんならいるって…ちょっと!」
慧は母親を無視して前を通り過ぎ、階段を駆け下り、そのまま玄関を開けた。
「まぁたさぼったの?」
慧をギロリと睨み付けたのは真田奏(かな)は、慧の近所に住む幼なじみで、小学校中学校と同じ学校に通い、高校は別々だったが同じ大学で再び再会した仲だ。
高校時代の三年間は近所に住んでいながらもほとんど顔を合わせることがなく、大学で偶然再会した際、慧は奏の変わりように心を奪われた。
「これ、今日配られたプリントのコピー。」
「ごめん、いつもありがと…」
慧がプリントに手を伸ばすと、奏はさっとプリントを遠ざけた。
「ちょ、おい!」
「ふふふ、元気そうじゃない。…何で学校来ないの?」
急に心配そうな顔つきになった奏に、慧はドキッとし、奏の顔を直視できなくなってしまった。
「何よぉ。急に目逸らして。」
「あ、いや…いつもありがと…」
慧の言葉を打ち消すように、スマホの着信音が響き、奏は鞄からスマホを取り出し画面を見るとすぐに電話に出た。
「あ、もしもし。うん、今?大丈夫だよ。」
奏は慧に“ごめん”とジェスチャーで伝え、その場を去っていった。
「…うん、え?隆志(たかし)くんもいるの!?行く行く!すぐ行くね!」
遠ざかっていく奏から聞こえた男の名前。慧は、奏の後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
手に持っていたプリントは、知らぬ間に強く握りしめられクチャクチャになっていた。
「…はぁ…死にたい…。」
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