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翌日以降も、慧は大学とバイトを休むことなくこなしながら、時間を見つけては羽菜の病室に毎日顔を出した。楽しい話をし、面白い雑誌や漫画にゲームの差し入れては一緒に楽しみ、時々手を握ったりキスをして恋人の時間を過ごしたり、二人は本当に幸せを日々感じていた。
慧がいない時間帯は、両親や由香里たちの他にも、入院していることを知った友人らが連日お見舞いに来てくれ、羽菜の心を癒していた。
一方、慧は、奏の件で大学に行くことを躊躇っていたが、いざ学校に行き奏に会うと、奏はいつもと変わらぬ態度と距離で慧に接してくれた。奏は、慧を諦めて新しい恋を見つけることに日々燃えていた。そして、奏も羽菜の病気の事を心配して、定期的に奏から話題に出してくれていた。慧は、そんな奏にも感謝をしながら、日々を過ごしていた。
月日が流れ暦が秋に変わる頃、素人目でも羽菜の容態が悪化しているのが分かった。羽菜はすっかりベッドから起き上がれなくなっていた。夏頃に比べて大分痩せ細り、頬も痩けていた。身体の痛みに悩まされる頻度も格段に増え、慧の前でも苦悶の表情を浮かべることが多々あり、その度に慧は羽菜の手を強く強く握り、痛みが去るまで側から離れなかった。
秋も深くなったある日、羽菜の病室の前の廊下にけたたましい足音が鳴り響き、病室にいた慧は何事かと扉を開けて廊下を覗いた。すると、松尾が息を切らしながら走ってきた。松尾は慧の存在に気付いたが慧を通り越し、ばあちゃんの病室の扉を開けた。
「ばあちゃん!!ばあちゃん!!」
慧は何かあったのかと、そっと松尾のばあちゃんの病室を覗き込んだ。松尾がばあちゃんの手を握って泣いていた。全く動かないばあちゃんを見ると、あんなに沢山繋がれていた管や配線が全部外されていた。
慧は理解した。
「…亡くなったってことか…。」
慧は驚きとショックでその場に居れなくなり、羽菜の病室に戻った。
「…何かあったの?」
ベッドに寝たままの羽菜が視線を向けながら質問した。
「…いや、何でもなかったよ。」
「嘘…隣の病室から泣いてる声聞こえない?」
「…そうだね。…その隣の人が亡くなった…みたいなんだ。」
慧は羽菜に嘘は付けないと考え、正直に話した。
「…そっか。それは悲しいことだね。家族の人は会えたかな?その人の死に目に。」
「…やめよう、こんな会話。」
「…慧さん。私、自分の身体のことちゃんと分かってる。私の時は慧さん絶対に隣に居て手を握ってて。…私の最後の、一生のお願い。」
「な、何言ってんだ。羽菜はそんなこと…。」
慧は泣いて、言葉が出なかった。
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