五、覚悟

1/1

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ

五、覚悟

「お見事ですズィルバー! さすがは僕の伴侶になる男!!」  はしゃいだアントーニョ殿下は、またしても余計なことを言う。  勘弁してくれ。そもそも、出会ったのだって数刻前だぞ。 「伴侶!? ど、どどどとどういうことですか!?」  アリーは飛び散った血に青ざめたまま、ガタガタと震えている。 「……殿下が勝手に言ってることだ。俺にその気はない」 「その気はないけど、考えてはくれるんですよね!」  随分ませているとはいえ、アントーニョ殿下はまだ十を過ぎたくらいの少女だ。いくらなんでも早すぎる。徳子(いもうと)が帝に嫁いだ時ですら、十六やそこらだぞ。  澄んだ琥珀の瞳が、痛いほど純粋に俺を見てくるが……どうにもやりづらい。 「…………おい、どうすりゃいい」 「さぁ?」  ジャックに尋ねるが、奴は肩をすくめるだけだった。 「な、何となく事情は分かりました。殿下は確かに、その、奔放(ほんぽう)なところがありますので……」  もごもごと言いつつ、アリーはさっきの地図を開く。二つあった大きな点は、今や一つだけだ。 「これが、ズィルバー殿の魔力反応ですかねぇ」 「だだ漏れではないですか! 僕だって抑えられるのに……これではすぐ見つかって当然です!」  アントーニョ殿下がキャンキャンと子犬のように吠える。  ほへぇー、と間の抜けた声を上げ、ジャックは地図と俺を見比べた。 「抑え方は知りません。魔力がどうとか、感じ方すら知らない野郎どもに囲まれてたんで」  俺がそう告げると、アントーニョ殿下は「なるほど」と頷き大人しくなった。  親父は選帝侯(せんていこう)になる寸前だったとも聞くが、俺自身は魔術の教育を受けたこともないし、書物で(かじ)った程度だ。  魂の力……魔力が引き出せたのも、さっき「前世」を思い出したのがでかいだろうしな。 「どうも、感じ方すら知らねぇ野郎の一人でーす」  おどけるジャックをしり目に、アリーは顎に手を当て、考え込む。 「うむむぅ、魔術に手を出した貴族ならば基礎ではありますが、没落貴族でしたか……ならば後ほど私が手解きするとして……今はそうですねぇ……隠蔽(いんぺい)の術でもかけておきましょうか」  言うやいなや、アリーの手から白い光が溢れ、俺の全身を包み込んだ。 「これでしばらくは大丈夫かと……」 「礼を言う」 「なんの! 巻き込んだのは我々です。行きずりだというのに、まさか協力してくださるとは……」  この島には商売がてら立ち寄ったに過ぎない。……が、追われる身の二人を見て、「放っておけない」と感じた。  ──海の底にも都はございまする  ……今思えば、幼くして海に沈んだ哀れな甥っ子の影を見たんだろう。性別は違ったが、境遇(きょうぐう)はよく似ている。 「これで魔力を隠せたってことか……。……ち、違いがわからねぇ……」  ジャックは目を白黒させ、何やら考え込んでいた。 「別にわからなくていい。……さっさと案内するぞ」  ……が、俺が背中を叩くと、「へいっ」と飛び上がる。 「港の方に船がある。それを使って落ち延びるか」 「あのぉ……本当に、よろしいので?」 「くどい。もともと危険な仕事だ、覚悟のない奴は船に乗せてない」 「そ、そうですかぁ……」  アリーはまだ尻込みしていたが、アントーニョ殿下の方を見、意を決したように歩き出した。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加