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これまたベタなことに簡単な現代語で「オープン」と記されている。
果たして敏也がこのキャプションによるところの使徒なのかもはっきりしないが、ひとまずこのこっ恥ずかしい呪文を唱えてみるべきだろう。
敏也は生唾を飲み込むと、緊張した面持ちで発してみる。
「オープン」
照れが勝って、蚊の鳴くような声になった。
「だけど、あっ、開いた!」
上手くいったようだ。キャプションが読めた時点で使徒であるのは確かだったのだろうが、敏也は紛れもなく女神が遣わした使徒らしい。
キャプション通り”キー”に向かって手を翳せば、鼓動がドクンドクン早打ちし、それが”キー”と共鳴を見せた。気づいた頃には体内に取り込まれ、辺りはしんと静まり返っていた。
どうやら”キー”の取得も成功したらしい。
”キー”を取り込んだ右腕には中指の先から心臓に向かって刺青を入れたように、鍵穴の文様が数珠繋がりに浮かび上がり、ちょうど指の付け根あたりに第一号となる”キー”の文様と、その脇に小さく”Ⅰ”とナンバリングされたギリシア数字も浮きあがっている。
「あはっ、とんだ使命ができてしまったものだな……」
先が思いやられる。出た声は自分でも驚くほど乾いたものだった。
しかも、今回のこれは初回限定のイージーモードだ。それに、なぜだか門番の神獣も不在。簡単に”キー”が手に入るのも、今回限りのことかもしれない。怖気づく心にそっと蓋をする。
だが、従者の魔獣たちを惑わしたあの芳香もすっかりと消え失せていた。
いつも通りに戻った彼らと来た道を引き返そうとしたところ、目の前を本来のここを守り主であろうか、神獣が凄まじい衝撃音と共に天井を突き破って高速落下してきた。
更に、その肉体を追って無数の業火が飛んでくる。瞬時にして辺りの温度が上がり、あたかも灼熱地獄にいるみたいになった。
「何? 何が起こったの?」
地響きがし、空間全体がガタガタと揺れる。
「く、崩れる……」
咄嗟に頭を手で覆ったが、瓦礫が敏也たちの方へと崩れ落ちる前に淡い光りとなって消え去っていく。
神獣が今まで数ある侵入者に対して結界を張ってここを守っていたのか、神獣がぐったりと地べたに這いつくばると同時に空間を覆っていた天井や壁も跡形もなく消失してしまった。
すると、本来の自然岩が煙突状にむき出しとなり、吹き抜けた遥か先には異世界の空が青く広がっていた。
ただその視界を遮るように赤く揺らめく異形の影が1体。
「んんっ、敵!!」
その侵略者は今にも息絶え絶えな神獣の元まで落ちてくると、徐に敏也の方を振り返った。
燃えるような赤い髪。左額から生やす黒く硬質な一角。一見、人間には近い様相だが、明らかに帯びる魔力は敏也の従者たちのそれと変わらない。ただ底なしの魔力は他とは画する、敏也が出会った中でも最大級のモンスターであることは明らかだった。
「だけど、えっ…」
敵襲来かと構えた以上の衝撃を、その異形の面立ちに受けた。
「ええっ、………悠真? 悠真なの? なんで? どういうこと??」
転生したのは敏也ただ一人だと思っていた。そうと違うのだろうか?
けれども、前世で敏也が亡くなった後、残された悠真はどうしたのか分からない。
(もしかして僕を追って……?)
嘘のような本当の話。敏也は皿のように目を見開いて、視線を悠真の上から下まで何往復もさせた。
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