3.流転三界中(悠真)

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3.流転三界中(悠真)

 終わった。全てが終わった。  今まで築き上げてきた関係も、敏也そのものも…。  それどころか、自らの人生すらこの手で終わらせてしまった。  敏也に抱いていた想いは執着? 渇愛?  生易しいものではない。  暴行(アレ)は、いつかは起こると恐れていた必然。  悠真はどことも分からぬ、ひたすらに真っ白な無の空間に正体なく突っ伏している。  身体以上に、心が重い。指さえ微塵にも動かせそうにない。  けれども、校舎の屋上から真っ逆さま、あれで悠真も呆気なくこと切れたようだった。  仏教に伝わる死生観が本当なら、これから裁きを受けて地獄にでも行くのか。鬼に尻を叩かれながら針山を歩くのか。真っ暗ら闇の中、延々と続く大苦に藻掻き続けるのも、そう遠い話ではないだろう。  そんな己の行く末を達観する悠真だが、心根にあった最も大切な想いは粉々に砕け散り、もはや無味乾燥。何がどうなろうと、どうでも良かった。  敏也を失った今……。  それでも、1つだけ良いこともある。  現世では随分と禁欲生活を強いられて、その中でも他とは違う優越感を味わいたくてもがき苦しみ、ほとほと疲れ果てていた。そんな呪縛のような想いにも、生活にも、終止符が打てたのだ。  ともすればあの苦しみは現生においての悠真に課せられた、功徳を積むための多大な試練だったのかもしれない。  悠真の全ての消失と共に、その苦行も失敗に終わってしまったのだが…。  悠真に投げやりになれる元気がまだ残っていたら良かったのかもしれない。それすらも失い、ただただ虚無が広がっていた。 「おーーーい、そこの廃人、聞いてるのかーーーー!! 良い加減に反応しろって。人生終わったみたいな顔して、いつまでも若くて美しい私を無視し続けるつもり? ったく、これだから自己中なヤツは嫌なのよね、もうっ!」 「……っ」  先ほどから何やら騒がしいとは思っていた。けれども、喋るのも面倒くさい。  そうでなくとも、悠真の世界は常に敏也を中心に動いている。心がポキリと折れてしまった今でなくとも、敏也以外の、それも見ず知らずのものに対して、指一本すら労力を割く気にはなれない。 「ちょっと聞いているんでしょ? それとも難聴? 若いんだから、そんなことはないでしょうけど、どこまで無視するつもりよ」  女神のような白い布切れの服を着た巨乳女が、悠真の身体を足蹴りにする。  痛くも痒くもないが、そっとして欲しい時に構ってくるこの女が煩わい。眼球だけをグルリと動かし、最低限の動きで()めつける。 「うわ~~~、どうしようもなく反抗的ーー! こっちは予定外に後追い自殺で亡くなった魂があるからと、至急呼ばれてやってきたっていうのに、これだから嫌になっちゃう。ほ~らほら、起きて! アンタにとっても概ねラッキーなことだし、こっちにとっても、これからガッツリと役に立ってもらわないと困るんだから。それに、なんだっけ? ……えっと、えっと、受崎敏也くん? あの可愛い敏也くん! その彼を、アナタもリベンジとばかりに助けたいでしょ?」  敏也の名前が出たことで、勢いよくガバリと身を起こす。  それどころか姿勢を正してかしこまる。この俺が! 全くもって現金なものだ。  そして、一言一句聞き漏らさないよう、耳の穴を掻っ穿った。 「敏也を助ける?」
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