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5.なるべく目立つな(敏也)
「なるべく目立たない方が良いだろうな」
冒険者ギルドに登録をする前に博雅鬼から言われたことだ。
確かに目立てば目立つほど、女神からの使命をやり遂げにくくなるだろう。そんなことは敏也にだって察しが付く。
そもそも敏也は前世から目立つことが大の苦手だ。女神から託された使命も、ひっそりと穏やかに暮らしたいと思っている敏也には荷が重く感じる。
その女神から託された使命というのは、どうやら各地に散らばった鍵を集め、均衡の扉を開けて、この世界に新しい息吹を入れること。それでこの世界の秩序が数千年もの間、保たれるらしい。
それが自分に課せられた逃れられない使命のようだ。
(転生と引き換えに、大変なことを仰せつかってしまったな……)
けれども、鍵を集めれば、きっと先のことや生きる意味すらも分かるに違いない。
「目立たない方が良いということは、もしかして使命を阻止しようとする敵がいるとか、そういうの?」
「いや、そういう意味ではない。単に使命を遂行するには期限があるからだ。そうはゆっくりできない。ゆえに、俺が勝手にそう判断したまでだ」
「ああ、意外、敵がいないのか……。神から仰せつかった使命というからには、もっと困難なことが待ち伏せているのかと思っていた。良かった。それだけでもホッとした」
「そうか? お前が考えているよりも遥かに単調で気の遠くなることだぞ」
「単調か……。根っからの平凡人間の僕にはそれくらいのが有難いよ。これでも単純作業は向いていたんだ」
「選ばれし使徒が平凡人間だというのか……」
言葉が過ぎた。不服そうに零す博雅鬼に苦笑する。
確かに、今ではとても凡人とは言えないような身に余る能力を持っている。
「だが、用心するに越したことはない。力があると分かれば、人が群がってくる。面倒事にも巻き込まれるやもしれない。もしくは………」
「もしくは?」
「使者であるお前が本来果たさなくてはならない目的を忘れ、己の能力に現を抜かすかもしれん」
確かにこれだけの力があれば、悠々自適な生活が送れるだろう。望めば地位も名声もお金も、何だって手に入れられる。
そもそも人間なんて強欲な生き物だ。簡単に私利私欲に囚われてもおかしくない。
「い、意地悪言わないでくれよ! 僕の場合は元々拾ったような命だし、使命がないなら存在意義もないよ。だから、誓って言える。欲には走らないって」
「そうか、それは良しだな」
博雅鬼がククッと愉快そうな笑い声を立てる。
「かっ、からかって!!」
頬を膨らませ、真っ赤になって怒る。
こんな風に直ぐにに敏也をからかうところは、悠真にそっくりだ。
「ひ、人の気も知らないで……」
けれども、もしこの悠真に似た博雅鬼と各地を旅することができるというなら、幸せなことかもしれない。
まだ知り合って間もない博雅鬼に期待してしまうのは、またしても悠真の面影を重ねてしまっている証拠かもしれない。
(悠真の代わりにして良いわけじゃないんだけどな……)
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