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そういう自分も、知らず知らずの内にこの人間にすっかりと絆されてしまっている。
何事にも冷ややかなはずなのに、心にポッと火が灯ったようだった。
それどころか、その一挙手一投足がいちいち気になって仕方がない。
単に敏也が危なかしいから気になるわけではないと言い切れた。
あの自分が、これほどまでに心乱されるとは思いも依らなかった。
だからこそ、敏也が果物屋のおじさんに三つで二ノートンの黄金梨を四つにしてもらっただの、少し値の張るチョコレートドリンクをキリの良い五ノートンにマケてもらったのだと、屈託のない笑みを浮かべ嬉しそうに報告してくると、癪にさわって仏頂面になった。
確かに、あの笑顔を向けられたら誰だってマケたくなるのは分かる。
けれども、甘やかすのは自分だけでありたいという、自分でもよく分からない独占欲に悩まされた。
身分も違う相手に自分は何を望んでいるのか。
罪人の自分にはそんな資格なんてないのに。
それに、敏也は女神が言うように思いの外に気概があった。微笑ましいくらいの努力家だとも思う。
そんなところは誰の目からも好感を持てるのだろうが、悠真の場合は少し違った。もっと特別な、記憶の扉を擽るような感情の起伏を感じた。
それは「敏也」と呼ぶ時のそれや「悠真」と呼ばれた時のそれに、とても似ていた。
おそらく前世の自分は何でも卒なくこなせる器用な人間だったのだと思う。それは断片的な記憶や今の器用さからも窺える。
そんな器用な人間だったからこそ、大して努力したこともなければ、生きていくことがとても味気ないものに感じていたように思える。
今となっては前世のことを上手く思い出せないものの、要領の得ない敏也の必死な姿を見ていると、なんだか心の底がじんわりと暖かくなって和み癒された。
手を貸さずに見ていられないほどの情けなさだというのに。
…………愛情か?
そんな甘く疼く感情をかつての自分も感じていたはずだ。それが今となってもあるようだ。
自分の中で芽生えたばかりのハッキリとしない感情に戸惑う。
(こんな危ういものを、今の俺がどうしてだろうな?)
今の悠真は途轍もない力を持っている。それなのに心は脆弱なままだった。
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