6.魔獣ということ(博雅鬼)

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 そんな風にもどかしく思うことは、二人っきりになった時にもあった。  魔獣となった悠真は睡眠を取る必要がない。人としての五欲(ゴヨク)の一つ、睡眠欲を奪われ、もはや眠たくすらならない。  夜が明けるのをただじっと静かに待っているだけだ。  それは便利なことでもあったが、不自由なことでもあった。  夜の静けさの中でぐっすりと眠りについた敏也を見て、その健やかに寝息を立てる様に、また心の空洞が甘く切く軋む。  規則正しい寝息は柔らかい髪をふわりと揺らし、赤くみずみずしい唇は艶やかだ。細くしなやかな体躯を赤子のように縮めて、今だけは安心なのだと気の張りを解いている。  そんな風に信頼されていることを、(シモベ)としては喜ぶべきなのかもしれない。  けれども、記憶のないはずの自分に言い知れぬ自戒の念が起こった。  あの柔らかい唇の感触を知っている。吸い付くような肌の感触も。  自らの唇に指を這わせば、苦い血の味がした。  敏也は魔獣の自分が決して触れて(ケガ)してはならない存在なのだと悟った。  『償ってきなさい』  あの時女神が放った声が木霊する。  そんな風に敏也が起きている間も眠っている間も、博雅鬼は感情を持て余した。  けれども、敏也は女神の難あり”愛され上手”の御加護があってか、それとも使命があるからか、嫌だとも言わずに罪深い自分と旅をしてくれている。  本当にそれで良いのだろうか。  だが、敏也は使命を果たした後に願いが一つ叶う。その時に博雅鬼のことが嫌ならば、いくらでも永遠の離別を言い渡せば良い。  そういう自分も旅を終えたあかつきには前世の償いが終わり、晴れて人へと戻れるらしい。
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