8.遥かなる旅路(敏也)

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8.遥かなる旅路(敏也)

 異世界に来て、あっという間に時が過ぎ去り、早七年。いろんなことがあった。  あまりにも博雅鬼との旅の時間は濃密で、もはや前世がはるか昔のことのように思える。  住めば都とばかりに、この世界にもすっかりと馴染んだ。  それでもはじめの一、二年はバスタブが恋しかったし、納豆や味噌、うどんといった日本食が食べたくなって、こちらにある食材でなんとか再現しようとした。  それである程度は形にはなったが、一から用意して作るのはあまりにも面倒で、とんと続かなかった。  けれども、そんな欲求も五年経つと変わった。こちらの生活にも随分慣れ、以前ほど前世の食べ物がそれほど欲しいと感じなくなった。  今ではこちらの料理こそが、新たなソウルフードとなりつつある。 (そりゃ、今でも卵かけごはんや刺身があったら、醤油をぶっかけて食べたいと思うけど……)  それに敏也は見た目の華奢さに反して、意外にお酒はイケる口だった。  成人した今では、こちらのお酒のデミとツマミのソトン・ケリングがあれば事足りる。いや、暮らしになくてはならない食べ物となっている。  もちろん、博雅鬼との思い出の数々も、新たに沢山できた。  博雅鬼とは縦横無尽に各地を巡り、どこかしこも行き尽くした。それどころか、もう二巡、三巡と周っている。  敏也が異世界へと着陸した中央の樹海フタンにはじまり、そこから西の街ブキ・パントラン。温泉地のパナスに砂丘の街パシール。北方に広がる人跡未踏の未開の氷地アイスバミィや西方の湿地帯パヤなんかにも行った。  けれども、荒涼とした厳しい場所に行くと思う。やはり街や村が快適で良いと。  中でも大きな港街のラウ・バサールで食べたロブスター料理は最高に旨くて、思い浮かべるだけでも涎が垂れる。  たまたま泊まった海辺のコテージでも、眼下に臨む景色が次第に薄暮に染まっていく様に、なんとも自然は美しいのかとの煌めく渚と共に心もキラキラと輝いた。  そんな風になかなかできない異国暮らしをしているようで、貴重な体験も楽しい思いも沢山してきたと思う。  もちろん女神から授かった”愛され上手”のご加護のおかげもあって、行く先々で沢山の出会いもあれば、助け助けられもした。  時に不都合なことも多々あったけれども、差し引きすれば断然プラスの方が多い。  ゆえに、テイムした魔獣も今や万や億どころの数ではない。  もはや種類や特徴も把握しきれていない魔獣が、敏也のアイテムボックスの中で今か今かと出番を待ちわびている状態だ。 (あんな窮屈そうなところ。時々出してあげたいとは思っているのだけど、何故か出すと必ずラッキースケベなことが起こるんだよねぇ……)  日頃、クールな博雅鬼が滅法妬くのも、取り出せない理由の一つだった。"茶マロ"みたいに眉根を寄せて、恨めしそうな表情で押し黙る。  そうはいっても、敏也としても博雅鬼と二人きりの方が良いのは違いないのだけれど。
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