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使徒が集める”キー”は、全部で百八つある。
博雅鬼の助けを借りて、敏也が確認できない背面に刻まれた鍵穴を数えてもらったから、百八つで間違いない。
はじめは中途半端でおかしな数だと思った。
けれども、ある時低く響く鐘の音を聞いて、その意味に思い当たった。
低い鐘の音。それは前世の年末恒例の習わしだった除夜の鐘の音によく似ていた。
現世には煩悩が百八つあって、鐘を打つ度にその煩悩が一つずつ浄化されていく。
この世界と前世とは時の流れも、煩悩の溜まる速度も違う。
けれども、この世界にも煩悩は百八つの存在していて、時の移り行く間にゆっくりと溜まっていく。
使徒はそれを打ち消すために”キー”を集め、この世界が煩悩で溢れてしまう前に百八つの扉を開いて、新しい息吹と入れ替えるのだろう。
それが女神から託された大事な使命の本来の目的なのだと、その鐘の音を聞いて合点した。
だが、それと同時に、罪を犯し魔獣となった博雅鬼も、敏也の手助けをすることで己の罪から解放されるのに違いない。
この十年の間、悩み苦しむ博雅鬼を傍らでずっと見たきた。
旅をしながら己の過ちを見つめ、自問自答をし続ける日々。それだけでも、十分に徳を積んできたのではないかと思う。
それでも、博雅鬼がまことに自戒の念から解放されるのは、”キー”を集め終えたその時しかないのだろう。
そんな贖罪をし続ける博雅鬼の傍に、敏也は共にいてやれる。
いや、”いてやる”なんて、それこそ烏滸がましい言い方だ。それでも自分は博雅鬼の泊まりとなれるはずだ。
博雅鬼の心に寄り添い、一緒になって罪を償い、その重い呪縛を少しでも和らげてあげられたら良いのにと思う。
博雅鬼とは、今でも表面上はつかず離れずの関係だ。
敏也の間抜けっぷりも変わらなければ、博雅鬼の折り紙付きの優しさや頼もしさも変わらない。
見た目は敏也の方がちょっぴりお兄さんだけど、身長も内面も博雅鬼の方が常に一歩も二歩も先に進んでる。
そうした内面と外見のちぐはぐさも含めて、良好な関係にあると思っている。
だからこそ、博雅鬼と過ごしたこの七年は、敏也にとっても”情愛を育てる旅”だったといえる。
――博雅鬼を愛している。
それは家族のような信愛にも似ているし、心の底から切望するような熱く燃え上がる情愛にも思える。
女神は見事に使命を成し遂げたあかつきには、願いごとを何でも一つ叶えてくれると言っていたという。何でもというからには前世に戻ることもできるのだろう。
けれども、そんなことはどうでも良かった。
いつからか。もう思い出せないくらい前から、その心は決まっている。
”キー”集めも、残すところ僅か。
少しでも早く集め切って、博雅鬼の心を救ってやりたいと思う。
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