10.混沌、そして最後の手がかり(敏也)

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 陸に上がると、先程までとは打って代わり、辺りの空気が澱んでいた。いや、未だかつてないほど、この世界全体が邪悪な気で満ちている。 「一体、何が……」 「分からないな。"キー"で扉を開けて、この世界の澱みを浄化させるには、まだ数年の猶予があったはずなんだが……」  互いに顔を見合わせる。  女神から与えられた猶予は、転生してから約十年あった。けれども、思いの外順調に"キー"の取得が進み、博雅鬼の言う通り、自分たちにはあと三年の余裕が残されていたはずだった。  それなのに今直ぐにでも取り除かなければならない煩悩が、この地に溜まり始めている。それも、突然に急速に。 「そんな……。まだ最後の"キー"の手がかりさえも全くないのに……」  だが、煩悩が急速に溜まり始めた原因は直ぐに明らかになった。  敏也たちの元にも重厚な装備をしたこの世界の猛者たちが現れた。 「お前たちも神獣の血を求めてやってきたのか?」 「神獣の血?」 「そうだ、神獣の血だ。アレを飲むと、神獣の力が手に入るって噂だ。いや、不老不死だったかな? 兎に角、神がかった力が手に入るんだよ。お前らもそれが目当てでここにやってきたわけじゃないのか?」 「ち、力が?」 「おお、そうだ。力だ!」 「そんな話も知らなければ、僕たちはこの世界に不慣れだから……。どこに神獣がいるのかさえ知らないよ」 「ああ、それは俺たちだってそうさ。信憑性はないんだが、神獣伝説っていうヤツがあって、俺たちはたまたまそれの一つを手に入れたから、仲間を募ってここへとやってきたんだ。だけど、こんな辺鄙なところ、普通は来ないだろ? ……って、かまととぶってはいるけど、お前たちは本当に知らずに来たのか? それもそんな軽装備で。なんなら、もう神獣の血を得ているんじゃないのか?」  猛者たちは勘違いをして、口々に「先を越されたぜ」「他の地を当たろう」などと言い合っている。このまま都合よく勘違いし、ここを退いてくれるなら、その方が有難い。  この湖底で出会った神獣を守らなくてはならないから。  だが、これが至るところで起きているというなら一大事だ。今まで"キー"の守護を務めていた神獣たちの身に危険が及んでいる。  それに、この世界も我先にと神獣の血を求める人々によって酷く汚されてしまうに違いない。何とかこの神獣狩りを食い止めなければならない。  この事態に青くなる敏也の背を、博雅鬼がぽんと叩いて活を入れる。 「敏也、ここは俺が残って食い止める」 (ああ、そうだ。僕には今までテイムした、心強い魔獣(ナカマ)たちがいるではないか) 「分かった。お願いする。僕は他の神獣たちを救いに行ってくるよ」 「ああ、そうしてくれ」 「だけど、博雅鬼? 再び無事な姿で落ち合えると、信じているから」 「ああ、信じてくれて良い。この名にかえても必ず!」 「約束だよ」  必ず生きて戻ってくるのだと、指げんまんをしてお互いの無事を願掛けする。  それだけでなく、敏也は最後の"キー"の手がかりも手に入れて、煩悩で汚れ尽くされる前に百八つの扉を開くことを心に誓った。
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