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11.蜘蛛の糸(敏也)
敏也はドラゴンに懇願し、最速で博雅鬼の元へと向かう。
溶ける湖を真下に臨めば、神殿のあった辺りが深く抉れ、水が噴水のように下から上へと吹き上げていた。
敏也はなりふり構わず、博雅鬼がいるだろう神殿の裂け目へと突入していった。水しぶきを浴びて、洋服のところどころが擦り切れて憐れなものになった。
それでもそんなことに構っている余裕はない。狭間に落ちかけた博雅鬼の姿を見つけると、一目散に駆け寄り手を伸ばした。
「博雅鬼、博雅鬼、掴まって。早く僕に掴まって」
必死に落ちまいと岩にしがみついていた博雅鬼の指先は、既に感覚を失い白く固まっている。
それでも敏也の姿を見つけると、博雅鬼は頬の筋肉を緩めた。
だが、歯を食いしばっていなければ、簡単に地脈の裂け目に呑み込まれてしまうのだろう。喋る代わりに目で訴えかけてきた。
『最期に一目会えたら、それで良い。愛している』と。
博雅鬼は”無事に再び”という敏也との約束を果たすために、ここまで耐えていてくれたのかもしれない。
すっと離れいく博雅鬼の手を、落とすまいと手を伸ばして掴む。
敏也より重い博雅鬼の身体を腕一本で支えるのは至難の業だ。けれども、ここで放してしまったら終わりだ。
残っていた気力、魔力、体力、敏也が持てる全てを指先につぎ込む。
「博雅鬼、僕はとっくに許している。それでも罪人として博雅鬼が地獄に落ちなければいけないというなら、僕が博雅鬼を地獄から引き上げる”蜘蛛の糸”となる。もう博雅鬼とは切っても切れない仲なんだ。別れるなんて考えられない。だけど、もし僕が糸になりきれず博雅鬼が落ちてしまうというなら、僕も一緒に落ちて罪を共に償う。………愛している。僕の愛しい人」
――一心同体。共にあるべき者
そんなことを言ったら、博雅鬼に「止せ」と言われるかと思ったが、こんな状況でも相合を崩して「頼もしいな。安心した」と言ってくれた。僕たちの心はちゃんと通じ合っているのだと感じた。
だから、こんなに苦しくも不条理な状況だというのに、不思議と心は満たされていた。
(これで良いんだ、これで)
ひょんなことから異世界に転生し、”キー”集めをしてきたが、博雅鬼の傍らにこれからもずっといられるのなら、それが僕にとっては全てだから構わない。
もちろん地獄に落ちるのが怖くないのかと言われれば嘘になる。要領の悪い僕だから、博雅鬼のお荷物にだってなるかもしれない。
だけど、離れる悲しみよりはずっとマシだ。
ただ心残りがあるとしたら、この世界の行く末だ。全ての”キー”を集め切ることができなかった。
「女神さま、ごめんなさい。もし僕が志半ばで果ててしまったなら、この世界の後のことは頼みます」
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