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敏也の願いを聞き届けてくれたかのように、地脈の割れ目に沿って一陣の温かい風が吹き抜けていく。
(女神さま……)
もうひと踏ん張りだと、手に力をこめようとしたが、とうに限界が来ているようだ。
「博雅鬼、ごめん。僕ももうダメそうだ。だから、共に行こう」
腕の感覚を失い、いよいよもう終わりだと感じ、博雅鬼に微笑みかける。
「敏也……」
すると、額にびっしりと吹き出していた珠粒の汗が、頬を伝ってポタリと博雅鬼の角に流れ落ちていった。
「…………ぇっ!」
その雫が触れたところから角にペリぺリと亀裂が入り、最後には砂となって消えていった。
先ほどまで博雅鬼を割れ目の中へと引きずり込もうと働いていた力も消えて、残りかすのような力を振り絞らなくても、手を動かすだけで博雅鬼の身が嘘みたいに引き上がった。
絶壁から少し離れた地面に、二人して這いつくばる。
どうやら助かったようだ。
荒い息を整えて、博雅鬼の方へと視線を向けると、額から伸びていた角は跡形もなく消えていた。
もう目の前にいるのは魔獣としての”博雅鬼”ではない。敏也と同じ、ヒューマノイドの悠真だ。
「悠真……、許されたんだ。人間に戻れたんだね。良かったね」
悦びが口をついて出た。
けれども、悠真は未だに何が起きたか分からず呆然としている。とても混乱しているようだった。
もしかすると前世の足りない記憶も同時に流れ込んできているのかもしれない。
だが、しばらくするとようやく罪を許されたことを自覚したのか、遠慮がちに、それでも力強くギュッと敏也の体を抱き返してきた。
声にならない嗚咽が、今までの悠真の葛藤を物語っているような気がした。
ポンポンと背中を叩いてやると、更にギュッと確かな抱擁を感じた。敏也もその圧迫感に先程の緊迫から開放された安らぎをはじめて覚えた。
(ああ、救われた)
しかも、あれほど手掛かりのなかった最後の”キー”が、その自覚の表れだと言わんばかりに、徐々に悠真の額に浮かび上がってきた。意識が強くなればなるほど、その輪郭がはっきりとしてくる。
最後の"キー"だけはなかなか見つからないと思っていたけれど、灯台もと暗しだったようだ。
ゆえに、博雅鬼こそが最後の神獣であり、”煩悩の象徴”だったということなのだろう。
悠真の額に浮かび上がる”キー”が色濃くなったことで、敏也の紋章と呼応する力も強くなってきた。
敏也は大きく深呼吸をすると、いざとばかりに悠真の額に手を翳す。すると、いつものように”キー”が敏也の腕の鍵留にすっと納まった。
"CVⅢ" ついに百八つ集まった。
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