想ゐで話

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想ゐで話

昔から文字が読めなかった。文字を図形として認識するからだと知ったのは、最近の事だ。それまで、私は散々学校で馬鹿にされてきた。いくら努力を重ねても、まったく伸びない成績にみなが囃し立てた。 だが、私は賢い子供だったので、勉学で結果が出ない事をすぐに理解して、ペンと紙を投げ捨てた。無駄な努力はしないに限る。机の上で突っ伏して寝るのが日課になり始めた頃に、担任の先生が私を授業中に揺り起こした。 「先生とお話ししましょう」 善意から成る悪行というとはこの世で一番タチが悪い。そうして視線の針の筵に立たされながら、私は私の意見を主張する。 「出来ないものは、出来ない」 そういうと、先生は目をまんまるにして黙り込んだ。 ...散々馬鹿にされて育った私が、何故こんなにも真っ直ぐで純粋なままでいられたのかというと、これまた当時の担任のおかげであった。 彼女の名前はフィラという。フィラは私を職員室に呼び出して、図形の載った問題集を私にみせた。 「この問題は解ける?」 「やっぱ馬鹿だと思ってるんだ」 「解けるか、解けないかで答えて」 フィラは少し怒ったように語気を強めて私にいった。その勢いに圧倒されないよう、思いっきり彼女を睨み付けながら私は答える。 「こんな簡単な問題、解けるに決まってる」 私の答えに、フィラは表情を変えず他の本を持って来て、また違う問題を私にみせた。その問題を解くと、また違う本の問題をみせ、遂に私が解けない問題が出てきてしまった。一生懸命解こうとするが、どうにも答えがみつからない。 また馬鹿にされる!それが悔しくて、自然と目頭が熱くなってゆく。 「フィラは意地悪だな!何がしたい?解けないまで、問題を出すなんて卑怯だ!」 「違うの、サラ。違うわ」 「何が違う?フィラはこの問題を簡単に解くんだろう。私は解けない」 「サラ、この問題は私にも解けないのよ」 フィラの答えが、私の予想を遥かに超えて言葉が出てこなくなった。意味が分からない。何故私に問題を解かせたのだろう。そう思って茫然と椅子の上で脚を浮かせていると、フィラがゆっくりといい聞かせるように話し始めた。 「サラ、貴方は馬鹿じゃない。でも、貴方が学校で出てくる問題を解けないのは事実。それはわかる?」 私は、彼女の言葉を噛み砕いて、ゆっくりと飲み込むように頷いた。事実は、事実だ。 「でも、貴方は図形の問題だけは解ける。それは以前から顕著に現れていたわ。だから、ここで貴方が図形の問題をどこまで解けるか試したの」 「勝手に実験みたいな事をするな」 「でも、事前に説明をしたら、貴方はわざと問題を解かなくなるでしょう」 その事を聞いて、彼女は私をよくみて理解しているんだなと子供ながらに思った。確かに、私は彼女のいった通りの行動を取るだろう。 「貴方がここに居ても、貴方の為にならないわ。きっとこの能力を必要とする場所が何処かにあるはず。これからは、その場所を捜す為に私とお話ししましょう」 「嫌だ、他の子と同じ様にしたい」 「それは無理よ、サラ」 その言葉を聞いて溜めていた涙が、心に張った薄い膜を破って大粒の涙をこぼし始める。フィラは黙って、私の小さな湿った手に自分の手を重ねていた。
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