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そんなわけで、私はダラダラと職員室に通っては、フィラと会話する様になった。内容なんてたわいもない事ばかりなのに、フィラは時折感心した様に頷いて、私の言葉を書き留める。なんの苦労もなく文字が書ける彼女の手をじっとみた。
腕が取り変われば、私も文字が書ける様になるのだろうか。フィラの手は、綺麗だった。長く伸びる指と手が忙しなく動いている。私は自分の手をゆっくりと動かしてみた。彼女の手と同じ様に動いたので、ガッカリする。
「どうしたの、サラ」
「いや、べつに」
窓の外は景色が映り変わって、青い空に大きな入道雲が浮かんでいる。昔、父ちゃんが入道雲の中には大きな街があって、そこでは小さな生き物達がせっせと働いているんだ、といい聞かせた事を思い出す。
「フィラ、入道雲の中に街があるって知ってる」
私が質問すると、彼女は驚いた様に顔を上げた。
「えぇ、本のお話でしょう」
「そう、本の話なんだな。私は父ちゃんから聞いたんだ」
雲の中の生き物がどんな形なのか、空想を膨らませていると、フィラが唐突にペンを渡してきた。
「何を書けばいい?名前?」
「サラ、貴方が考えてる事をそのまま紙に書いて」
そういわれて、一生懸命文字の形を紙に書いていると、フィラは首を振った。
「文字じゃなくて良いの」
「絵でいいって事?」
そう確認すると、フィラはゆっくりと頷いた。ちょうど、入道雲の中の生き物が頭の中で飛び跳ねていたので、そいつらを捕まえて図に起こして紙に書く。線がブレたり、跳ね回ったり動いたりする生き物の輪郭を掴むのは難しかったが、どうにかそれらを書き終わると、紙の上で線がひしめき合っている状態になってしまった。
「ごめんなさい、うまく出来なかった」
フィラは何も答えなかった。私は彼女の期待を裏切ったのだ。沈黙が狭い空間の中を支配して、息が詰まりそうだった。
「能力なんてないんだよ、フィラ。出来ない事があるだけだ」
「...サラ、貴方は才能があるわ」
そういうフィラは、まったく嬉しそうな顔をしていない。むしろ凄く悲しそうだった。
「とても孤独で悲しいけれど」
彼女がそういって暫くすると、窓の外では突発的豪雨が音を立てながらザアザアと降り始めた。耳をつんざく様な音が嫌で、私は自分の手で自分の耳を塞いだ。
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