越鳥南枝に巣くう

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越鳥南枝に巣くう

南から来た鳥は南に巣を作るとはよく言ったもんだと思う。 レシュネーはヴィーント公国内で最も自然が多く、天然温泉や綺麗な湖もある。 田舎のボロ神社で育った私には落ち着く場所だった。 未婚の女に対する気遣いは鬱陶しいが、これはどこかの駄女神が女児の出生率を下げたせいなので、詮方(せんかた)ない面もある。 性欲は三大欲求の一つだし、その相手を求める事も自然の摂理だ。 『人生最大のモテ期だったなぁ、あの頃は。 女が少ないからだろうけど。 そこで幸運を使い果たしたのかね、私』 半日かけて調べ、私は数十年、下手をしたら百年寝太郎だった事が分かった。 まず、屋内がメチャクチャだ。 積もりに積もった埃化粧、壁を這い回るビンヴェルと蜘蛛の巣、11を指したまま止まった時計、発酵を越えて腐乱した保存食の成れの果て、どう見ても廃墟である。 雨漏りしていない事が奇跡だ。 そして、屋外もメチャクチャだ。 手入れを欠かさなかった庭、その中を突っ切る石畳、田園風景の中にポツポツと建つ煉瓦造りの民家、今は影も形もない。 どこを見ても緑、緑、緑の世界である。 青は空しかない。 雑草に埋もれたのだろうが、数年でこうなるとは考えにくい。 明日は休みだし、二度寝してから掃除しよっかなぁと考えていた日から数十年、もしくは百年も寝るとは夢にも思わなかった。 寝耳に水、晴天の霹靂、鳩に豆鉄砲である。 『どうしよう。 お腹空いたし、食べる物ないし、人いないし、永遠も、久遠も………』 考えないようにしていたが、久遠も永遠も死んだ可能性が高い。 ケミャットの寿命は十年~十数年、お貴族様のペットでも二十年が限界だと聞いた。 飼い主が眠り姫(笑)では野良猫になるしかないし、飼い猫より野良猫の寿命が短い事は私でも分かる。 たかがペット、されどペット、二匹は私の家族であり、日本を思い出す縁でもある。 代わりはいない。 地面が無くなったような、真っ暗な空間に放り出されたような、何とも言えない不安が突然足元から這い上がってくる。 「怖い……、怖い怖い怖いっ! 私、何でここにいるの?! 何で一人なの?! 何があったのよっ! 私がっ、私が何したってのよっ!!」 応えはない。 分かっていても、叫ばずにはいられなかった。 その時― 「ミャッ!」 「ミャミャッ!」 『えっ?!』 今、最も聞きたい声だった。 「久遠?! 永遠?!」 私は(まろ)ぶように玄関に駆け寄り、勢いよく扉を開けた。 バン!という音がして、視界が緑に染まる。 梟型のドアベルがカラーンと鳴った。 そこには― 「ミャーーーーン!」 「ミャミャーーーーー!」 亡った筈の、家族がいた。 「っ………、うっく、ああぅ、あああああああ!!!!!」 私は二匹をギチギチに抱き締め、叫ぶように泣いた。 泣いて泣いて泣きじゃくった。 涙が枯れるまで、声が嗄れるまで、二匹に引っ掻かれるまで。 こんなに泣いたのは久し振りなので、ちょっと恥ずかしい。
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