プロローグ

2/8
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
『誰もいないの? えっ、今、朝だよね? 昼? 寝過ぎたとか? 久遠も永遠も起こしてくれなかったの?』 そこまで考えた時、ある事に気付く。 『静か過ぎる。 昼にしても朝にしても、こんだけ明るかったら皆起きてる筈』 薪を割る音、ドアや窓を開ける音、人の話し声、それらに交ざる駄獣(だじゅう)(荷物を運ぶ動物)と騎獣(きじゅう)(人間を運ぶ動物)の鳴き声、あの日からアラームの代わりを務めてくれた生活音が一つも聞こえない。 『何で? こんな事、一度も………』 何か起きていると確信し、私は上半身にグッ!と力を入れた。 「ングゥゥゥゥ」 気は急くが、体はうんとこしょのどっこいせである。 この年で老人の気持ちが分かるとは夢にも思わなかった。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」 どうにか上半身を起こしたが、息は切れるし、下半身はまだ動かせない。 それでも、室内の異常を知る事は出来た。 「何、これ」 思わず呟いた言葉、声を出せたのに、喜ぶ時間もなさそうだ。 天井を覆うビンヴェルとその間を埋める蜘蛛の巣、床も家具もブ厚い(ほこり)を被っているし、壁は一部が崩れて陽が射し込んでいる。 まるで廃屋(はいおく)、いや、廃屋そのものだ。 猫も住みそうにない。 「どうなってんの? 異世界トリップの次はタイムスリップ? 寝てる間に百年経ったとか? んな馬鹿な………」 嫌な予感がする。 寝室の窓は一つ、ベッドの右横にあり、ベッドからでも手が届く。 私は右手を伸ばし、ブ厚いカーテンを開けた。 これは遮光性を追求した特注品で、破れにくい。 猫対策として、ウチのカーテンは全てこのタイプだ。 「うわっ!」 網膜を焼くような光、すぐに目を閉じたが、頭の中がグワングワンと回っている。 『眩しい。 頭痛い』 目蓋を揉み、次いでゆっくりと開けた。 「なっ、何これ………」 そこにあったのは樹、樹、樹、草、草、草、小さいものから大きいもの、色も形も多種多様な草木がワサッと生い茂っている。 趣味と実益を兼ねて造った庭も、長閑(のどか)な田園風景も、そこに行き交う人も、何もかもが消えていた。 「どう、して?」 魂消(たまげ)たのは三度目だなと思いながら、私は生まれて初めてこの心境を知った日を振り返った。 厄日どころか、神も仏も裸足で逃げ出す仏滅日をー
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!