《 第二章 》ごにゃごにゃしたもの

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 時也はいつも通り、元気満々だ。きっと沈んでいるわたしに気付いているけれど、いつも通りの明るさで接してくれる。だからわたしは、時也といる時だけは自然な明るさを保つことができて、いつものように笑っていられた。  学校のいつもの場所でわいわい話をしていたら、時也が首を傾げた。 「なんか忘れてる、俺ら」  二人してうーんと悩みはじめた。思い出したのは同時だった。 「アイス! コンビニ!」  帰りに新発売の渦巻三色ソフトクリームの限定味を買いに行こうと約束していたのを、二人揃って忘れていた。季節外れのいちご味、チョコチップ、あとは抹茶。味が喧嘩しないのかなあなんて言いながら、帰り支度を始めた。  今日は秋にしては気温が低い。お互いに早めのコートを着てきている。寒い外にいるくせに、わたしたちは今コートを脱いでいた。コートを着ないで寄り添って、寒い中でこうしているとなんだかお互いがもっと近くていいねなんて言いながら笑い合ったりしていた。  慌ててコートに手を通し、鞄を背負ってコンビニに急いだ。急いだといっても、手を繋いで歩いているからそんなに早くはない。急げ急げと言いながら急いでいない。きゃっきゃとはしゃぎながら歩いた。  寒い日なのに残り二つになっていた目当ての三色ソフトクリームを購入し、いつものように縁石に腰を掛けてアイスの封を開いた。どきどきしながら一口食べて、「美味しいねえ」とふたり揃って嘆息した。この世で一番の至福の時を得たように。 「ねえ、時也。落ち込むことって良いことなのかな、悪いことなのかな」  もったいなくてアイスを少しずつ口へ運んでいたわたしは、ふとそんなことを聞いてみた。時也が変な顔をした。どうにもわたしは不思議なことを尋ねてしまったようだ。それから時也は困ったような声で「双葉らしい質問ではあるけどねえ」と言った。 「あのさあ」 「うん」 「落ち込んだままいるのなら良くないこと、次に進むために落ち込むなら悪くないこと、そう思う」  時也はとても大人だなとわたしに思わせた。悪いことか良いことか、二択でしか考えていなかったわたしに対して、時也の答えは、落ち込むことも良いことのひとつだと言っているように聞こえた。わたしにはよくわからなかった。違いはわかるけれど、わたしは善悪がはっきりとしている方が好きだし、わかりやすい。良いか悪いか、右か左か、上か下か、きっぱりと分かれているものを追いかけるのが好きだ。ずっとそうしてきた。真っ直ぐに真っ直ぐにまあるくまあるく。 「なあ、双葉。いくら寒くてもアイスは溶けると思うぞー?」  どうやらわたしはぼうとしていたようだ。じいっとアイスを見つめたまま。 「ま、気にしても仕方のないこともある!」  時也はそう言うと、くしゃりとわたしの頭を撫でながら豪快に笑った。釣られてわたしも「あははっ!」と笑った。  気にしなくて良いことなのかもしれない。真っ直ぐを突き通したいわたしが立ち止まるなんて馬鹿げていたのかもしれない。途端にわたしの憂いは晴れてしまった。この一ヶ月が無駄なことだったのかどうかはわからないけれど、時也が気付かせてくれたからきっと無駄じゃない。真っ直ぐが好きなわたしは真っ直ぐに落ちんだ。そういうことにした。 「ほんと、双葉って真っ直ぐだよなあ」  沁み沁みとした声で時也が言ったから、わたしは嬉しかった。笑顔のわたしに、時也が「そんな双葉が好き」と言った。それから時也は首を傾げてわたしを覗き込んだ。すると、時也の唇がわたしの唇に触れた。  唇から熱いものが顔に広がった。急に熱を出したように顔が火照った。  時也はよく頰にキスをしてくれる。わたしはそれが好きだ。あまりにもそれが気持ちよくくすぐったくて、頰のキス以上のことを求め合ったことがなかった。すなわち、わたしのファーストキスを時也がくれた。  顔を離した時也が真っ赤な顔のわたしに慌てている。「ええと……」と言葉にしづらそうに詰まらせた。 「柔らかい」  真っ赤な顔で率直な感想を言ったわたしに、時也はほっと胸を撫で下ろしたようだった。 「なんか、今したくなった」 「うん」 「俺のファーストキス、双葉でよかった」 「わたしのファーストキス、時也でよかった」  そんな言葉を交わしたあと、わたしは思わず「こんなに気持ちいいと思わなかった」と呟いていた。熱さは引いて、心地のよい火照りだけが残っていた。  そうしてわたしたちは、もう一回だけキスをした。
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