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週に一回、わたしと時也は図書室で勉強会をする。いつも時也は説明がわかりやすいと褒めてくれるから、教えるわたしは気持ちがいい。図書室は校舎の外れにある。訪れる人も少なく、小さな声でなら怒られることもない。
途中、使おうとした教科書をうっかりと教室に忘れてきていたわたしは、慌てて取りに出かけた。
図書室から教室が並ぶところまではとても静かだ。そもそも放課後だから余計に静かだ。途中、各教科の準備室が並んでいるけれど、その並びもとても静か。
静かだから、人の話し声がよく響く。美樹の声と正兄の声がした。他人と間違えることなど絶対にない、二人の声だ。
「やっぱりわたし、双葉とあいつは似合ってないと思うの」
美樹は正兄にまでその話をしているのかと驚いた。辟易しそうになる。怒りは覚える必要はない。あくまで美樹からはそう見えるというだけだ。
「そうかな? 俺は時也くんと双葉はとてもいい感じだと思うけど」
気になって、ふたりが話している準備室にそっと寄った。ドアが少しだけ空いたままで、ふたりの様子まで伺えてしまった。
美樹の好きな人はわたしには秘密だった。
聞かない方が美樹の為だろうと思っていた。
美樹が言いたくない理由をわたしは知ってしまった、今。
正兄と美樹は、体をぴったりと寄せ合って、指を絡ませていた。そういうことなのだろう、そういうこと。じゃあ美樹はどうしてわたしが正兄に恋していると決めつけていたのだろう。そうあってほしいような言い方を続けていたのだろう。本当に正兄に恋をしていたのは美樹の方ではないか。
俯いてそんなことを思っている間もふたりの会話は続いていたけれど、耳に入ってこない。なんだか気分が悪くなってきた気がする。
去ろうと顔を上げた時、目に映ったものは、体を絡めて指を絡めてキスをしているところだった。濃厚な感じ、大人な感じ、でもここは学校だ。正兄は教師だし、美樹は生徒だ。そうして、ドアも開けっ放し。どうかしてるとわたしは思った。そういうわたしもどうかしている。少しの間、じっと観察してしまった。ぞくぞくと寒気が込み上がってきたのに目が離せてない。やらしく動く正兄の手もやらしく体をくねらせる美樹の様子も、全て気持ち悪い。
これ以上は無理だというところまで観察して、わたしは踵を返した。そっと離れて、そうして走り出したのは教室と逆方向、図書館へだった。
好き同士なら仕方ないし、美樹が正兄の彼女だということはこの際どうでもよかった。正兄が生徒に手を出しているという事実はに嫌悪を覚えた。学校であんなことをするふたりを軽蔑しそうになる。風紀を無視した行いに嫌気がさす。頭の中がごにゃごにゃしてきた。だんだんとわけがわからなくなってきた。
図書室に着くと、息を吸って吐くを繰り返しながら、ドアを開けて閉めた。時也が変な顔でわたしを見た。
時也の元へたどり着くと、さっきまで座っていた椅子に、わたしはすとんと腰を落とした。
「ねえ時也、わたし、自分が気持ち悪い」
どういうわけか、手ぶらで戻ってきたわたしはそんなことを時也に訴えていた。
俯いていた顔を時也が覗き込んだ。そうして、「今日は終わりじゃダメ?」と聞いてきた。聞かれたわたしも、もう勉強会を続ける気分ではない。こくりと頷いた。
「双葉が居ない間に、俺、結構頑張ったんだよー」
おちゃらけたような口調のあと、時也は「美味しいお菓子探しに行こうよ」と優しく言った。少なくともわたしにはひどく優しく響いた。顔が歪みそうなくらいに。
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