《 第一章 》王子様に憧れるということ

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 正兄に美樹や時也の話をすると、とても楽しそうにしてくれる。美樹は面識があるから「美樹ちゃんらしいね」と言う。時也は面識がない。楽しそうな子だね、仲良いんだねとくすくす笑い、いつもにこにこしながら聴いてくれる。  わたしは正兄にはなんでも話してきた。正兄もわたしにはなんでも話してくれる。物心ついた時にはもう正兄はうちに住んでいたから、本当の兄妹のように暮らしてきた。正兄はとことんわたしに甘い。とことん可愛がってくれる。そうして、学校であったことなどをいつも面白おかしく話してくれて、わたしは目をきらきらさせながらそれを聴く。学校の先生になってからは、いつも生き生きとした目で高等部の生徒たちの話を聴かせてくれるようになった。熱心な姿が垣間見えて、教師という仕事に誇りを持っているように見える。だからわたしも正兄のように教師になろうと思っている。  相談事はまず正兄に。けれども正兄に言えない悩み事だってある。正兄の口から聞きたくない言葉だってある。相談すれば大抵のことは良い方へ転がった。今の学校に入りたいとわたしが言い出した時も、自分のことなど後回しにしてわたしの勉強を毎日見てくれた。  聞きたくないこと。それはネガティブな言葉だ。  完璧である正兄は、わたしの暮らしや全てにおいて見本であり基本であり、そんな正兄の口からすそんな類の言葉を言われたら、きっと立ち直れない。  ある日、わたしは正兄に恋の相談をしようとした。正確には一応した。時也のことだ。十歳も離れていれば経験値が違う。今まで聴いた正兄の彼女は、いつも素敵な人だ。どの人も会ったことはないけれど。  いつも話している時也のことだから、照れくさくて、顔を真っ赤にして相談があるのと正兄の部屋を訪ねた。  恋の相談だとわかると、正兄は少しだけ淋しそうな顔をした。こんな風にだんだんと兄離れしていっちゃうのかなあという顔をした。真っ赤な顔のまんま、わたしが少しだけ笑ってしまったら、正兄は「笑い事じゃないんだよ」と戯けた。 「大丈夫! 正兄はずうっとわたしの王子様だよ!」  わたしがそう言うと、正兄は何故か真顔になった。 「そうだといいんだけどなあ……」  小さな声で正兄が呟いた。  わたしは俯いて「そうなんだけどなあ……」と呟いた。  そうしたら、正兄が突然笑い出してびっくりした。顔をあげたらさっきとは打って変わって嬉しそうにしている。そして言った。 「よろしく頼むよ? ほんと」  嬉しくて嬉しくて、わたしは「うん!」とはりきったような声を返した。 「で? 好きな人って時也君?」  まだ本題にも入っていないのに、正兄はそう言った。 「どうしてわかるの?」  そう尋ねながら、照れくさくて、わたしは少しもじもじしてしまった。 「双葉の話はわかりやすいからさ」  よく考えたら、わたしの話の中の登場人物は圧倒的に他の友達のことよりも美樹と時也の出番が多い。でも、好きな人の話というのはどうしてか聴いてほしくなる。  そのあと、正兄の一言で、わたしの恋の相談は相談するまでもなく終了した。 「きっと、うまくいく。以上」 「は?」 「え?」 「わたしまだなにも話してないよ?」  そう言うと、正兄は「これ以上は勘弁して」と言って逃げるように部屋を出て行った。正兄の部屋なのに。わたしは他人の部屋にぽつんと残されてしまった。時也だったらどんな風に告白したらいいかな、なんて相談をしたかったのに。  廊下に出ても正兄は居なくて、リビングでテレビを観ていたお母さんに尋ねたら、「お風呂行ったわよ」と言われた。  そんなお茶目なところもある正兄がわたしは大好きで、そして憧れの存在だ。正兄のようになりたい。頑張ればきっとなれると信じている。
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