《 第一章 》王子様に憧れるということ

5/5
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 好きな人の話というのは誰かに聴いてほしくなる。好きな人にはもっと聴いてほしくなる。どうやらわたしの話の内容は正兄のことでいっぱいらしい。と、気付いたのは時也と付き合いはじめてからだ。  年中うちに来る美樹は正兄とも仲がいいから、わたしたちの話題は正兄のことが多い。他の友達が聴きたいと言うから、みんなにわたしは正兄の話をする。時也にも、正兄の話ばかりしているらしい。少しだけは自覚がある。聴いてほしくてついつい話してしまう。時也が大好きだから、大好きな正兄のことを聴いてほしくなる。 「なーんかさ、俺より先生の方が双葉のことわかってるみたいで悔しいんだよなあ」  ある日、正兄の話を面白そうに聴いていた時也が、唐突に、拗ねているような口調で言った。 「彼女のお兄ちゃんに嫉妬?」 「従兄弟だろ」 「お兄ちゃんのようなものだよ」  深く考えることなくわたしは正兄を兄のようなものだと言った。こんな風に拗ねる時也を可愛い奴なんて思ったりした。 「まあ、いいんだけどさあ」  と言った時也はなんだかなあと納得のいかなそうな顔をしていた。  納得がいかなそうだから、わたしも納得がいかない。だから言った。 「わたしの好きな人は正兄じゃなくて時也なのになあ」 「知ってる。俺も双葉が大好き」 「だから拗ねたの?」  「悪いかよ」と言った時也はばつが悪そうだ。 「そういう時也も好き」  わたしがそう言うと、時也がじゃれつくようにわたしの頭をくしゃくしゃ撫でて、そうして抱きしめてくれた。わたしの手元には食べかけのポッキーがあった。拍子で落としてしまい、猛烈に抗議をしたら、けらけらと時也が笑った。 「じゃあさ。俺とお菓子どっちの方が好き?」  時也がそんなことを聞いてきた。そんなの決まっている。わたしはお菓子に目がないけれど、お菓子と時也は比べるものじゃない。だからわたしは「お菓子はお菓子、時也は時也!」と答えた。  正兄だって一緒だ。時也と比べる対象として間違っている。比べることなんてできない。正兄は正兄で、時也は時也。憧れの好きと恋愛の好きを比べても仕方ないとわたしは思う。  それからも、時也は度々、「わかってるんだけどさあ」と言いながら、わかっていなそうな感じで正兄に嫉妬する。どんなに説明しても納得がいかないようだ。どうしてだかわからない。わたしの説明が下手なのかもしれない。  美樹にその話をしたら、「わかるけどわかりたくない」と言ったから、わたしは首を傾げた。 「ねえ、双葉。あんたの好みはもっと大人っぽい人だと思ってた。本当にあんな子が好きなの?」  美樹の言い方はひどく冷たくて、けれども本当にわたしの好きな人は時也だから「そうだよ。おかしい?」と返した。おかしいならどうしておかしいのか知りたいけれど、たぶんわたしは知っている。わたしの好きな人が正兄だと信じ込んでいる美樹は、結局わたしが正兄以外の人を好きになることが許せないのだろう。 「ねえ、美樹。憧れると恋をするって別物だよ」  わたしは慎重にそう言った。  美樹は「わからない」と言った。それでその会話には終止符が打たれた。  わたしはおかしいのだろうか。そんなわけない。だってわたしは正兄を恋する目で見ることができない。何度試しても無理なものは無理だった。正兄になりたいくらいに正兄に憧れているわたしは、正兄のことをまるで王子様としか見られない。そういう対象にしか正兄は入らない。正兄は歳の離れた兄のようなものだから、ブラコンなのは認める。憧れと好きを区別しているわたしにとって、正兄への好きは家族愛でしかない。  区別してしまえるくらい、正兄は完璧だ。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!