《 第二章 》ごにゃごにゃしたもの

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 放課後、時也と時々待ち合わせする場所で、わたしは膝に顔を埋めて時也を待った。いつもなら迎えに行ったり迎えに来たり。どうして今日に限って、なんて思った。時也の方が先に着いていることを期待していたけれど、わたしの方が先だった。時也の方が先に来ていたならば、笑顔で「お待たせ!」と言えたような気がする。でも、わたしの方が先だった。わたしの顔を見た時也はどんな顔をするだろう。どんな言葉をくれるだろう。笑ってくれるだろうか。健気に励ましてくれたならば、更に沈み込む自信がある。  やって来た時也はにこにこしていたから、わたしは少しだけ救われた気がした。そうして時也はわたしの前に「ジャーン!」と言いながらお菓子を見せた。それは少し前から楽しみだなあとわたしが言いつづけていたぷにぷにフォンデュというもので、お餅みたいな生地にとろとろのチョコレートが包まれている。といっても新発売なのでまだ食べたことはない。  わたしはぽかんとしてしまった。あ、日常だ。そんな当たり前のことを漠然と思った。 「ごめん! コンビニ寄ってから来たんだー」  ぷにぷにフォンデュを前に、わたしはどうやら目をきらきらさせることができた。 「やったー! さすが時也! 大好き!」  時也と居るといつでも楽しい気分になれる。妙に安心して、なんだか気を張る必要もなくて、わいわいにこにこしていられる。普段わたしは背伸びするのが好きだけど、そんな気が全く起きなくなる。 「暗い顔してたのに、現金だなあ、双葉は」  時也は笑顔で言った。 「なにがあったか聞かないほうがいい?」  パッケージを開きながら、時也が何気ない口調でそう言うから、わたしは首を振った。 「テスト、散々だった。最低記録……」  きっと時也なら、そんなことかあと笑う気がしたけれど、そうではなかった。 「きっと双葉ほどではないけど、俺も俺なりに努力してやっと真ん中」 「うん」 「うん、て。ばかにしてるだろー!」  と言って、時也がけらけら笑った。 「そんなことないもん!」  むきになってそう返したわたしは、今だけなら元気に居ることができる気がした。  口開けてと言われたから口を開けたら、ちいちゃな大福が口の中に放り込まれた。なんとも言えないぷにぷに感がくせになりそう、と思いながら噛んでみたらとろーとチョコレートが染み出してきた。じわじわ甘さが身に染みる。 「頰緩んでる」  可笑しそうに時也が言った。 「双葉ぁ、俺はいつだってテスト返ってくる度にがーん! てなってるよ?」 「そうなの?」 「そうだよー。俺なりに努力してはいるんだからさあ」  ぷにぷにフォンデュが美味しくて、わたしは柔らかい気分になってきた。 「まあ、無理に笑えとは言わないけれどさあ」  優しげな時也の口調は特別に気を遣ったものではないことをわたしは知っていた。時也という人はそんなのんびりとした明るい素敵な人なのだ。  美樹は時也のことを、平々凡々な奴と馬鹿にするけれど、わたしにはとてもかっこよく見える。容姿もなにもかも平凡で特に大人っぱいわけでもなく、どちらかといえば子供っぽい。でも、いつも元気で明るい、気取らなければ背伸びもしない等身大。だからわたしには時也がとってもかっこよく見える。 「落ち込んだり笑ったりするのは人間の特権!」  時也は時々、はっとするような言葉をくれる。わたしは嬉しくなって微笑んだ。  けれども家まで送ってもらっている間に、やっぱり気分は段々と沈んでいってしまった。 「今日が天気良くてよかった」  時也が家に着く直前にそんなことを言った。  わたしが首を傾げたら、「天気悪いと落ち込みは倍の倍くらいになるじゃん?」と言った。  時也らしいなと思った。そうかもしれない。いい天気の下で食べたお菓子は気分と裏腹にとても美味しかった。頰が緩むほどに。  時也はあまり背の高い方ではないけれど、わたしよりはだいぶ大きい。家の前で、「さっき抱きしめておけばよかったなあ」と悔しそうに言うと、少しだけ屈んでわたしと目を合わせた。 「双葉は双葉」  そう言いながら、わたしの頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。それから、家の門に向かってわたしの背中をとんと押した。 「無理はだめだけど、頑張ってみること。双葉の思うようにね」  あははと照れ笑いを漏らしてから、「じゃあまた明日ねー」と時也は帰っていったから、私は気負うことなく家に入ることができた。  わたしはわたし。時也の言葉を反芻しながら「ただいまー」と言ったわたしは、まだちゃんとその意味をわかってなんて、きっといなかった。
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