《 第二章 》ごにゃごにゃしたもの

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 家に入ると、ちょうど近くにいたのだろうお母さんが出迎えくれた。 「おかえり。時也くんに送ってもらったの?」 「うん」 「寄っていってくればよかったのにぃ」  そう言ったお母さんは時也のことをとても買ってくれている。悔しそうだ。わたしは思わず苦笑いを浮かべた。そして、「また今度ね」と言った。  その声が暗く聞こえたようだ。お母さんは「時也くんと喧嘩でもした?」とわたしに聞いた。時也と喧嘩なんて滅多にしない。片手いっぱいにもならない。  「お母さん、ごめんね……」とわたしは言った。お母さんはなんのことだかわからなくて首を傾げた。 「ごめんと言われるなにかに思い当たることないけど?」 「テストの結果、いつも喜んでくれるから」  そう言うと、お母さんはくすくす笑った。 「なーにそんなこと気にしてるのよ」 「だって……」 「わたしが嬉しいのは双葉の努力の形が見られること。点数なんてどうでもいいよ」  お母さんはそんな風に言った。点数なんてと言ったが、今回のわたしはまるでその形を上手く作り出せなかった。  甘えが出てしまった。ぽろっと涙を落としてしまった。 「わたし、努力を形に出来なかったの。きっと答案用紙見たら、お母さんがっかりするよ」 「点数なんてどうでもいいって言ったじゃない」 「でも、形として見えるものなんて点数くらいだよ」  更に涙が落ちそうになって、わたしは制服の袖でごしっと目元を拭った。一度なってしまった涙声はひいてくれない。 「落ち込むほど、双葉にとってはひどいものだったのね」  お母さんはそう言ったから、わたしはこくりと頷いた。 「それは双葉基準。あなた、成績良いのだから、羨んでる誰かだって人沢山いるわよ、きっと」  落ち込むのは変だ、他の人に失礼だよと言うようにお母さんは言った。 「ほら、暗い顔する必要なーい。わたしなんて頭悪いけど気にしたことなんてなかったわ。だって馬鹿なんだもん」  理屈の通っているのかどうかわからないお母さんの言葉に、思わずわたしは涙声でくすっと笑ってしまった。 「お母さん」 「はいはい」 「大好き!」 「はいはい、知ってるわよ。知ってるから、さっさと靴脱いでリビングね。甘いもの頂き物したのよ」  お母さんは優しい。いつだって素敵な言葉をくれる。いつも自分のことを馬鹿だと言うけれど、そんなことないと言っても認めない。馬鹿な自分が好きなのと笑う。わたしは努力を惜しまない自分が好きだ。お母さんもわたしもおんなじ、こうありたい自分で居たいと日々を過ごす。いつか、わたしもお母さんみたいになれたらいいなと思う。脳裏に浮かんだのは時也で、うっかり微笑んでしまったら、お母さんが「ごちそうさまー」と言った。どうしてわかったのか不思議だ。  わたしはあまり素敵な言葉を持っていないと思う。素敵な言葉をいっぱい持っているのは時也の方だ。時也といい、お母さんといい、まるで自然体ですっと自分の言葉を口にできることが、わたしは羨ましい。  リビングで制服のまま、わたしはお母さんと美味しいロールケーキを味わっていた。美味しくて、頰が落ちそうだ。  お母さんのおかげで、沈み込んでいた気分が少しだけ浮上した。だから、わたしは言えた。 「テストの答案用紙、見る?」  「もちろん!」とお母さんは目を輝かせた。  わたしは隣の椅子に置いていた鞄に手を伸ばした。取り出す瞬間、ぐっと紙を握りしめてしまいそうになったけれど、せっかくだから勇気を出した。わたしが答案用紙をまとめて差し出すと、お母さんは嬉しそうに手に取った。  お母さんは答案用紙にじっくりと目を通したあと、にっこりと笑った。そうして言った。 「うんうん、努力の形が丸わかり!」  結果としては残ってないはずなのに、お母さんはまたそう言った。 「でも点数……」  わたしがそう呟くと、お母さんは語調強めに「だ、か、ら!」とわたしに答案用紙を突っ返した。それから、「ようく自分で見てみなさい」と優しく言った。  何度も消し直した跡、空白の走り書き、胸が詰まりそうになった。わたしはわたしなりに頑張った。そう思うしかなかった。そうなのだから仕方なくて、やるせ無い。わたしが欲しいのは結果だ。正兄みたいになりたくても、まだまだ遠いと痛感した。だから、正兄が帰ってきたら、夕食のあとにきちん恐れずに相談しようと改めて思った。もっと近づく為に。
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