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最終話
この日、俺の瞳にはアレア国王の姿が映っていた。
国王の隣には王妃の姿もある。
無事にドラゴンを倒し、全ての封印を解除した俺は、魔王討伐の報告をするために国王への謁見を許されたのだ。
旅に出る前に一度謁見を許されていたので、国王と会うのはこれで二度目になるのだが……。やっぱり緊張するな。
ちなみにセルデリカは居ない。
本当は同席させたかったのだが、さすがに自分の父親が倒されたことを喜ぶ人間たちの前に立たせる訳にはいかないと思い、今は魔族の地――自分の故郷に帰っている状態だ。
とはいえ、とびっきり美味いものを食わせるという約束が残っているので、またすぐに会うことになるだろう。
さて、セルデリカの事は一度置いておくとして。
「――国王陛下。我らを見守りし神に誓って嘘偽りのない報告をさせて頂きます。この私、勇者は魔王の討伐に成功いたしました」
俺は昨日の晩から何度も練習していた報告の言葉を述べた。
無駄に大仰で、やたらと堅苦しい言葉だと思うが、国王相手ともなるとそれなりの礼儀が必要らしい。
「うむ、実に大儀であった」
国王が短く告げると周囲の兵士たちから拍手が巻き起こった。
まるで示し合わせたようなタイミング。ここまではあらかじめ決められていたに違いない。
この謁見をさっさと終わらせるための演出――俺はそう思った。
なにせ、俺みたいな平民が国王に謁見できること自体が珍しいのだ。
国王はありがたい御言葉だけ告げて、褒美の相談なんかの下世話な話は狭い部屋で大臣とするのがお決まりのパターンってとこだろう。
――なんて思っていたのだが。
予想とは裏腹に、俺はさらに国王の御言葉を頂戴することになった。
「妙々たる活躍。赫々たる戦果。いやはや、まこと御前上等と言うほかない。勇者よ、この国の民を代表して奉謝するぞ」
「……あ。ありがとう、ございます」
当然、驚いた。なにせ謁見はもう終わりだと思っていたからだ。
しかし、それよりも先に思うことがあった。
このオッサン……、何言ってんだ?
褒められているのはわかる。それもおそらくベタ褒めだろう。
でも……、【語彙力】高すぎるだろっ!?
ぜんっぜん意味がわかんねぇんだけどーっ?
国王になるような人間は、このくらいの【語彙力】を身に着けて当然なのか?
そう考えてみたが……、やはりおかしい。
一度目に謁見した時は、こんなに【語彙力】は高くなかったはずなのだ。
――まさか。
「そなたが魔王を征討してくれたと聴許してから、余はずっと想到しておったのだ。なにか記念になるものを製出してはどうかとな。そこで一つ発意したのだが、勇者の像を建立してはどうだろうか?」
「――それは妙案ですわね!」
思考が追い付かない俺が何かを答える前に、今度は王妃が声を上げた。
「ですが勇者の像となれば、荘厳さが際立つように製出せねばなりませんわ」
「承知しておる承知しておる。勇者の勇敢さと勁烈さが滲み出るような、荘厳かつ燦爛たる像になるよう下知する故、危惧せずともよい」
相変わらず何を言っているのか全くわからない……。
完成する像は、果たして本当に俺の像なんだろうか……?
「ああ。無論そなたにも潤沢な褒美を下賜するつもりじゃ。多額の報奨は当然として――どうじゃ、この国で余の城の次に豪勢な邸宅を造営するというのは?」
「――まさに絶佳な案ですわっ!」
また俺が何か言う前に、王妃が声を上げる。
「しかし邸宅と像は全く違う物です。勇者にふさわしい豪壮な邸宅を造営せねばなりませんことよ?」
「承知しておる、承知しておるとも。国で随一の職人を集い、豪壮かつ壮麗な逸品を造営させる故、憂慮は不要じゃ」
【語彙力】が振り切った会話が延々と続く中、俺は確信した。
この状況は間違いなく、最後の封印を解除してしまった影響だ!
つまるところ、三つの封印を解除するだけで【語彙力】は十分取り戻せたのに、四つ目の封印を解除することで取り戻し過ぎたのだ。
まさか、こんな落とし穴があったなんて……。
俺は絶望で頭を抱えたくなった。
もはや国王と王妃の会話なんて耳にも入ってこない。
いったい、どうすりゃいいんだ……。
理解できないほど【語彙力】の高い言葉に包まれて、このまま死ぬしかないのか?
……いつのまにか謁見は終わっていた。
極度の緊張ってことにされて無礼を咎められることはなかったが……、ぶっちゃけどうでもよかった。
なにせ通りを歩く一般の人々の会話でさえ、【語彙力】が高すぎて理解できないのだ。山のような褒美を貰ったところで、これからの人生を生きていける気がしない。
いっそのこと、誰も寄り付かない山奥でひっそり暮らそうか……。
なんてことを思いながらトボトボ歩いていると、
「――勇者っ! ああ良かった、ちょうどよく会えましたわ。待ちきれなくなって会いに来てしまいましたの」
偶然だろうか。はたまた運命だろうか。
初めてセルデリカと出会った場所で、俺は彼女と再会した。
「とびっきり美味しいモノを食べさせて頂く約束、忘れていませんよね?」
「セル、デリカ……っ」
正直、安心で泣いてしまいそうだった。
俺は必死に涙を堪えて、すがりつくようにセルデリカの手を取った。
「え……っ!? ちょっ――勇者っ??」
彼女は驚いたように身体を跳ねさせ、なぜか頬を赤く染める。
でも、そんなことは全部あと回しだっ!
「食わせるっ! いくらでもっ、一生でも食わせてやるっ!! だから――っ」
俺は腹の底から叫んだ。
「今度は【語彙力】を封印する旅に付いてきてくれ―――ッ!!」
Fin.
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