死闘の果てに

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死闘の果てに

「まさか貴様のような矮小(わいしょう)極まりない存在に、魔王の中の魔王たる余が敗北しようとはな……」  まさに紙一重の戦いだった。  魔王の最期の言葉に、返す声さえ出ないほど。 「偶然――(いな)。これこそが必然であったのだろうな。  余を倒せる存在などありはしないと怠慢(たいまん)していたが故に、こうして敗北する運命(さだめ)だった訳か」  笑止笑止――そんな言葉とは裏腹にクツクツ笑う魔王を、俺は冷たい大理石の床から見上げる。  一歩間違えれば。  一個歯車が違えば。  この場で息絶えていたのは、間違いなく俺の方だった。  最後の瞬間、俺と魔王の考えは同じだった。  己の存在を賭けた渾身(こんしん)の技――まさに乾坤一擲(けんこんいってき)と呼ぶべき一撃の撃ち合いになったのだ。  その一撃がたまたま俺には当たらず、魔王には命中した。  ……たったそれだけの些細な違い。 「ここで潔く敗北を認めるのが、貴様ら矮小な人類にとっては美徳なのであろうな。ふっ、到底余には理解できぬ粗末な美徳だ」  最後まで人間を見下す魔王に、俺は「けっ」と吐き捨てた。  戦いの最中に言葉を交わしたからこそ、わかる。  ――人類に対する行いは凄惨(せいさん)極まりなかったが、決して暴君ではなかった。  死線の淵で刃を交えたからこそ、わかる。  ――理解することは到底不可能だったが、魔王には魔王の気高き矜持(きょうじ)と理想があった。  ただ単に、俺たち人間とは相容れることが出来なかっただけ。  もし、違う出会い方をしていたら。  もし、魔王と勇者という関係じゃなかったら。    そんな俺の心を読んだのか、魔王は心底つまらなそうに額に皺を寄せた。 「しかし余は魔王。絶対の強者として譲れぬ一線がある。この身に剣を握る力は残っておらぬとも、最期の最期まで意地汚く足掻き切って見せよう」 「なにを……、する気だっ」  魔王の周囲で膨大な魔力が渦を巻き始める。  俺は落ちている聖剣に手を伸ばすが――俺の指先は芋虫程度の動きしかしなかった。  くそったれ、ここまで……、か。 「心配せずとも貴様を殺すつもりはない」 「なんだと……っ? だったら何を――」    予想外の言葉に俺は驚きを隠せなかった。  そんな俺の顔を見て魔王は愉快気に笑う。 「なぁに、世界の(ことわり)を少し変えるだけだ」  魔王の周りを彩る魔力が一層強く渦を巻き始めた。  いったい魔王のどこにそんな力が残っていた……?  一瞬だけ疑問が浮かんで、すぐに氷解(ひょうかい)した。  魔王は自身の存在そのものを魔力に代えて、最期の力として振るうつもりなのだ。死を覚悟した魔術師が『自爆魔法』を唱えるように。 「ま、待て魔王――ッ!」  俺は思わず叫んだ。  大した魔力を持たない魔術師でも、存在そのものを魔力に代えれば『自爆魔法』は絶大な威力を持つ。それは街一つ吹き飛ばせるほどだ。  それが絶大な魔力を持つ魔王ともなれば……。  死より深い恐怖が、俺の背筋を()う。  「さらばだ勇者よ。(ことわり)の変わった世界でせいぜい足掻くが良い。貴様が惑い、絶望する姿を、地獄の底から愉快に眺めさせてもらうぞ」  魔力の渦の奥から――魔王の声が響く。  あまりにも圧倒的な魔力に押しつぶされて、俺は意識を保てなくなっていた。 「魔王の名において命ずる」  だが、俺は確かに聞いた。  意識が暗転する瞬間、魔王は確かにこう言ったのだ。 「この世界の【語彙力】を、封印せよ―――っ!」
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