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魔道家からの迎え2
(ぼくがいなくなって、このおばさんもやっとホッとできるのだろう)
と思うぐらいだった。
おばさんは義務を果たすべく言葉をつづけた。
「最後に、あんたにお母さんからの遺言だ。
『この先いろいろ困難があるだろうけど、けっしてくじけてはいけないよ。すべてうまくいくように、わたしとお父さんで手は打っておいたからね』
とさ」
「……手?それはなんですか?」
「知らないよ。病院のベッドで口伝えに覚えさせられただけだから。――それと、これがお母さんからの形見。あんたが『むこう』に行くときにわたしてくれといわれていたんだ」
そう言うと布に包まれた小さなものを差し出した。翔之介が包みをほどくと、それは奇妙な形をした金属細工のかけらのようなものだった。初めて見る品だ。
「なんですか、これ?ブローチ?」
「知らないよ。高級そうなもんだけどね。ただ、冬子さんが、あんたが持っておくと役に立つことがある、といっていた。持ってお行き」
言わなきゃいけないことはすべて言い終えたのか、おばさんは一息つくとそこで口を閉じた。
翔之介は自分の番が来たとわかった。
「おばさん、いままでどうもありがとうございました」
と少年は頭をペコンと下げた。前からいつか言うのだろうと思っていたセリフをついに口にしたのだった。
「……まあ、いいやね。短い付き合いだったけど、これからはせいぜい達者に生きるんだよ。よかったじゃないか、金持ちそうな家で」
少しおばさんの顔がほころんだ。どうやらあの女性にいくばくかの謝礼を受け取ったらしい。決して楽ではない暮らしをしているおばさんにとってそれはよいことだと翔之介は思った。
静代おばさんとのあっさりとした別れを終えると、翔之介はさっそく魔美子とともに車の後部座席に乗り込み出発した。
どうやら高速道路に入るらしい。
「――はい、翔之介さまをたしかに見つけ出しました。いえ、何の支障もありません。ただいま車にお乗せしてそちらに向かっております。はい、承知しました」
てきぱきケータイで電話する魔美子の隣で、ふわふわの高級シートに身をしずめた翔之介は緊張と戸惑いを感じていた。
もちろんこんな高級車に乗るなんて彼の十一年の生涯で初めてのことである。その豪華な内装と雰囲気に、自分の安っぽいTシャツと半ズボン、そしてリュック姿がまるでそぐわないことが子供ながらにわかって、気おくれしてしまう。
電話を終えると、魔美子は翔之介に
「小学校を変える手続きはもうすましておきました。あしたには新たな学校に通う手続きをしていただきます」
と告げた。
(クラスメートとのお別れもなしか……まあいいか。いまの学校もそんなに長くいなかったし、クラスのみんなともなじまなかったから)
冬子の死後、静代おばさんが各地を転々としながら仕事をしていたせいで翔之介は普段から転校が多かった。それに彼は母の言うとおり特殊な子だったため友達ができにくかった。
今の学校でも、転校してきてはじめての給食の時間に、翔之介がくしゃみをした途端、教室にいた生徒全員のスプーンが曲がってしまってから、どうもおかしい感じになってしまい、話しかけられることすらなかった。
「いまからまっすぐ禍王(まがつきみ)家に向かいます。二時間ほどの道のりです」
事務報告の延長のように魔美子が話をつづけたが、翔之介は戸惑った。
「あの……、まがつきみけってなんですか?」
「ご存じないのですか?」
「えっ?……はい」
鉈(なた)で切るようにすぱすぱ言ってくるから、まるでこちらが知らないことが悪いように思ってしまう。どうも苦手なタイプの女性だ。
「……そうですか、冬子さんは何もおっしゃらなかったのですね。それがいいとお思いになったのでしょう」
そのとき、魔美子の口元が少しゆるんだように翔之介には思えたが、気のせいだろうか。
「翔之介さまは、ご自身のお父上がすでに亡くなっておられることはご存知ですか?」
「はい、それは」
「それが禍王龍雄(たつお)さまです。龍雄さまは禍王家の当主であらせられました」
(……タツオっていうのか、お父さんの名前)
父親が死んでいるというのは聞かされていたが、その名前を母は言わなかった。静代おばさんにもだ。「ぎりぎりまで知らない方がいい」と言っていたらしい。変な話だ。
「当主がご不在のため現在、禍王家では龍雄さまのおばさま、つまりあなたにとっては大おばさまにあたる龍子(たつこ)さまという方が当主の代行を務めておられます。その龍子さまがずっとあなたを探しておられたのです――なにせ、あなたは禍王家にとって貴重な跡取りでらっしゃいますから」
(跡取り!?ぼくが?)
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