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禍王家の人々2
「龍子大おばさま、翔之介さんがご到着なさいました」
翔之介が案内された部屋は、三十畳ほどはあろうかという和室だった。
長押(なげし)の上には何枚か肖像写真が飾ってある。みな威厳のある顔をしているが、特に左端の写真の男の人の迫力はすさまじかった。目をあわしただけで、なにか、こちらの魂までかみ切られてしまうのではないかという恐怖を感じる顔だった。
そして、その写真たちの真下に一人の老婆がおっちんしていた。
「――おお、よう来やしゃったな。やっと会えたわ」
着物に薄物を羽織った「それ」は本当に小さく、しわしわにしなびていて、ふつうに口をきいたことすらおどろくべきことに翔之介には思えた。しかも、その皺にうずもれた眼(まなこ)の奥は普通の人間ではない異様な赤い光を見せている。まるで、なにかのおそろしいケモノににらまれているような気分だ。
「ほんに、よお龍雄と似ておる。これなら間違いないわ。よおやった、魔美子」
ホッホと笑いながらかける声に、魔美子はただ黙って頭を下げていた。
また、その老婆の横には三十歳ぐらいだろうか、これは明らかに左の肖像写真に似たおそろしげな顔をした男性、そして眼鏡をかけた知的そうな初老の男性が座っていた。
「こちらが禍王の長男である龍臣お兄さま、そしてわたしたち兄妹の長年の世話役で主治医も務めてくださっている銀鹿(ぎんじか)医師(せんせい)よ」
たま子の紹介に
「ふーん、お前があの冬子のむすこか」
龍臣はその異様にくぼんだ眼の奥から、いかにも猜疑心が強そうに翔之介をにらみつけた。
母親を呼び捨てにされるのは不愉快だったが、翔之介が黙って自己紹介すると
「あの女が本当に親父のガキを産んだのか、あやしく思っていたんだけどな。その御面相を見る限り間違いなさそうだ。気の毒に親父にそっくりだ。……ってことはおれにも似てるってことか。御愁傷なこった」
そう言うと笑いながら肖像写真を見上げた。
翔之介はショックを受けた。
(これがお父さん!?こんなおそろしい顔に自分が似ているだなんて!)
彼は本当のことを言うと、他人が言うほど自分はおそろしい顔だと思っていなかったのだ。でも似ているというこのふたりときたら!
(……そりゃ、ぼくに人が寄ってこないはずだ)
「バカなこと言わないで、お兄さま。お父様に似て立派なお顔立ちよ。翔之介さんもお兄さまも」
たま子の本気なのか冗談なのかわからないとりなしを鼻で笑うと、龍臣は
「で、なんだ?こいつに魔能はあるのか、魔美子」と聞いた。
「調査の結果、間違いなくお持ちです。わたしが傍(はた)におりましてもそれは確かに思われます」
「銀鹿医師、あんたの見立てはどうだ?」
「――そうですな、わたしにもたしかに良い魔能を持っておられるように思われます」
「そりゃよかったじゃないか、大おば。やっと表家(おもてや)にまともな跡取りができたっていうことだろう?
……たま子。これでおれたちもやっと、つらい風当たりから解放されたぜ」
「そんな言い方はおよしになって、お兄さま」
たま子がにがにがしそうにいった。
「……えっ?でも跡取りって、その、龍臣……お兄さんや、たま子……お姉さんが」
翔之介がためらいながら言うと
「魔美子、おまえ説明しなかったのかえ?」
「さしでがましいことかと思いまして」
「ほっほ、そうか。――なに、龍臣とたま子、こやつらは跡継ぎにはなれぬのよ。
なにせ二人とも一番肝心の魔能が生まれつき欠けておるのでな。魔術が使えぬようではこの禍王家の当主にはなれぬ。じゃからこそ、われらはかつて龍雄の子を宿した状態でこの家を飛び出したおまえの母親を探し続けておったのだ」
やっぱり「お母さんが」この家を飛び出したのか。いったいなぜだろう?その理由もお母さんはぼくに言わなかった。知らされていないことばかりだ。
「あの冬子めは、わしらの捜索を阻むための妨害結界をおぬしの周囲に張りめぐらしておったので、見つけ出すのに十年もかかった。ここにおる魔美子が開発した術により、やっとその結界を破ることができたのよ」
静代おばさんによると、母・冬子は、むすこが禍王家にいつかは見つかって連れていかれることはわかっていたが、それは「なるべくおそい方がよい」と考えていたという。
(お母さんはぼくが禍王家の跡取りにさせられることを知っていたはずだ。しかし、そのことをはたして望んでいたのだろうか?)
そして魔美子を見た。
(この人がいなければ、ぼくは少なくとも、まだこの家に来ずにすんだんだな)
大おばは続けて
「よいか、翔之介。おまえの父・龍雄は日本魔道界の覇王たらんとする道なかばにして、それに逆らう小癪な下奴輩(しもやつばら)どもに暗殺された」
(暗殺!)
「……なんとも無念なことよ。龍雄は百年に一度というべき魔の天才であり、生きておれば今ごろは間違いなく魔道の世界を制圧しておったであろうに。
その父の無念を引き継ぎ、おまえは立派な魔王になるのじゃ!そして禍王にさからう愚か者どもを血祭りにあげよ。世を恐怖の底、地獄の底に突き落とすことこそが亡き龍雄に対する親孝行となるのじゃからのう」
眼を紅(くれない)に光らせて放つ、怨念のこもった言葉だった。
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