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禍王家の人々3
翔之介はショックのあまり言葉も出ない。
(冗談じゃない!だれがそんな魔王になんかなりたいものか。人を血祭りにあげるだなんて、そんな恐ろしいことできるはずがない)
はたからは兄・龍臣のぎらぎらとした視線が突き刺さる。
(そうか。本当はこの人が跡を継ぐはずだったのに、魔能がないからと、ぼくみたいなこどもに当主の座を取られてしまって、悔しいと思っているにちがいない)
たま子という人はそんな兄の様子を心配そうに見ている。銀鹿医師は目をつむっている。魔美子は冷ややかな様子だ。なにを考えているのかもわからない。
「正式に跡を継がせるのは、しばらくしてからということになるであろう。翔之介にはその間に、禍王の家に慣れてもらい、また当主としてふさわしい魔道の使い手になってもらわねばならぬのでな。魔能の開発訓練もさっそく始めたほうがよかろうて。
……世話役は魔美子、そなたに任すぞ。反禍王派どもによるあやしい事件も続いておるのでな、十分注意せよ」
「かしこまりました」
ていねいに頭を下げる魔美子に対し
「……へっ、おまえが世話役とはな。因果な役回りだな、魔美子」
龍臣がせせら笑うように言った。たま子が
「やめて、お兄さま」と渋い顔になる。
魔美子は冷たい表情のままだ。
(インガ?なんのことだろう?)
するとそこに、先ほど玄関先で会った猪吉(いのきち)という奉公人が来て報告した。
「裏家(うらや)から、豹子(ひょうこ)さまがお出ましになられました」
それを聞くと龍臣は少し顔をにやつかせて
「おうおう、さっそく来たか。へっ!表家(おもてや)に跡取りが見つかったというので、裏家も大あわてだろうよ」
「――豹子の相手は面倒じゃな。なにせあの娘はいったん話し出すとしつこいで。たま子に魔美子、後は任せたぞ。翔之介をあやつに引き合わせてやれ」
「おれもあの娘は苦手だ。先に退散させてもらうぜ」
龍子は猪吉に支えられながら奥に引っ込み、龍臣もすばやく部屋を出た。
廊下を、けたたましい勢いで歩いてくる音がした。
障子を開けて飛びこんできたのは、黒いワンピースに身を包んだ少女だった。青みがかった大きい瞳に白い肌、ちょっと黄みがかった髪をお下げに束ねている、けたたましい足音が似合わない可憐な姿だ。
その後ろから背の高い男性が、これはゆっくりとついてきた。
「あら、いらっしゃい豹子さん、それに天鼠(てんそ)先生」
「ごきげんよう、たま子お姉さま。それに魔美子さん。……そちらが新しく見つかったという龍雄おじさまのお子かしら?」
少女の高飛車なもののいいように翔之介が面喰らっていると、たま子がとりなすように
「ええ、そうよ。――翔之介さん、こちらはわたしたちのお父さま・龍雄の弟である獣吉(じゅうきち)おじさまの娘御でらっしゃる豹子さん。つまりあなたの従姉(いとこ)にあたる方よ。たしかもう中学生におなりでしたわね。そしてこちらはその世話役の天鼠先生。優秀な攻撃術者よ」
天鼠というのはコウモリのことだとあとで聞かされた。たしかにすらりとした長身に長い腕が、コウモリの羽根を思わせる。
「わたしたちはこの龍雄お父さまの作った本宅を表家、そして分家である獣吉家を裏家と呼んでいるの。残念ながら獣吉おじさまもうちのお父さまと同時期に敵対派の手にかかって亡くなってしまったので、裏家は現在、一人娘の豹子さんが当主として取り仕切っておられる。まだお若いのに立派でしょう」
(へえ、すごいんだ)
と翔之介は純粋に思った。年少時の二歳違い、それも女の子と男の子となると成長にずいぶん差が出る。翔之介には豹子が魔美子と大して変わらないくらいのおとなに見えた。
「ふうん。あなたが龍雄おじさまが冬子さんに産ませた子なの?魔美子さんが探し出したというから、わたしはてっきり、当主の座を表家に守るため彼女が用意したニセモノかなにかかと思ったわ」
「いやねえ、豹子さんったら冗談ばっかし」
「あら冗談じゃなくてよ、たま子お姉さま。なにせ、この子が見つからなかったら禍王の当主の座は必然的に裏家のわたしのところに来たのだから。策略家として名高い陽城家の人間である魔美子さんなら、それくらい考え出せるでしょう。――ねえ、本当にこの子は間違いなく禍王の子なの?」
豹子は魔美子に向かって言った。それに対して魔美子は冷然と
「翔之介さまは、間違いなく前当主と冬子さまの間の子です」
「魔美子さんはわたしたち禍王の人間にはウソはつけないわ。それはあなたもよくご存じでしょう?」
たま子が言うと、豹子はまだ魔美子に胡乱(うろん)な目をやったが
「――ふん、まあいいわ。あなたは確かに龍雄おじさまの子でしょうね。そんなひどくおそろしいご面相は表家の筋よ」
傷つくことを平気で言う女の子だ。
とまどう翔之介を豹子はしばらくじっと見ると、にっこり笑って
「だけど魔能の方はどうかしら?――あまつかぜ!」
豹子がその言葉をとなえた瞬間、翔之介はすさまじい風圧を感じて吹き飛ばされた。
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