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3.博物館見学(3)
「わっ!なにこれ!?おっきい!」
おもわずヒロユキはこうふんした声を上げた。
そこには、とても大きな四本足のケモノの像が立っていたのだ。
「なにこれって……見たらわかるでしょ?シカだよ」
冷静にこたえる平井リヨに
「シカって……こんな大きいシカ、ぼく見たことないよ。奈良のシカとぜんぜんちがう」
まえに両親とともに奈良に旅行に行ったとき、公園で「しかせんべい」をあげたシカたちは、大きいといっても自分とそんなに変わらない背丈(せたけ)だった。
しかし、いま目の前にあるシカ像は、その身の丈は見上げるばかり。2メートル以上あろうかという大きなもので、ふさふさとした茶色の毛に、くりっとした黒い目がなまなましく、今にも動きだしそうだ。
「それに、あのツノ……」
たしかにその大きなシカ像でも特に目を引くのが、その頭からにょっきり出た2本の立派なツノだった。
まるで、大きな鳥がななめ上につばさをぐいんと広げたようにつき出た、そのすがたは大迫力だ。
「そりゃツノジカだもん、ツノは大きいよ。……あっ、そうか。田中くんはよそから来たから、このツノジカのこと知らないんだね。かむのの子はみんな知ってるんだけど」
「えっ、そうなの?ツノジカ?」
「そうだよ。たしかほんとうの名前は……」
「カムノオオツノジカ」
にわかに、話しかけてきたのは河野あすかだった。
「カムノオオツノジカはおよそ一万八千年前、日本の気候が今よりもずっと寒かったころに生息していたシカの仲間。
背の高さはおよそ2メートル50センチ。今まで世界で見つかったなかでも最大級の古代鹿。
それがいまから七十年前、この地ではじめて骨が見つかったことから『かむの』の名がつけられた。
ここにあるのはその見つかった骨格をもとに、忠実に再現されたシカの復元(レプリカ)像」
ぶっきらぼうだが、ちょっとほこらしそうに、すらすらとかたる河野あすかにおどろいたヒロユキだったが
「なんだ、ホンモノじゃないのか……」
思わずボソッとつぶやくと、河野あすかはキッとにらみつけるような視線を少年に飛ばした。
その思いがけないスルドい視線にたじろいだヒロユキはあわてて
「よ、よく知ってるんだね、河野さん」
と、つくろおうとするが、あすかは
「家の仕事のからみで、くわしいだけ」
と、ブスッとこたえると、そこからまたスッとはなれた。
平井リヨが
「かむのにはこれといった名物がないからね。このツノジカ像は唯一の自慢なの。特にあすかの家はツノジカ関連グッズをいっぱい作っているからね。とくべつ大事に思っているんでしょ」
そういえば河野あすかは、ツノジカ像のまえに立った時、まるで神社かお寺に来た時みたいに頭を下げているように見えた。
家の商売にかかわってるのかもしれないけど、ヘンなことする子だ。
「あたしたちが一番最後ね。早く次の展示室に行きましょ」
平井リヨにうながされて、シカの像からはなれようとしたヒロユキだったが
「――えっ?」
思わずふりかえった。いま一瞬だったが
≪あーあ、やんなっちゃう≫
という声が聞こえた気がしたのだ。
それで、うしろをふりかえったのだが……もちろん、そこには作り物のシカ以外、だれも居(い)はしない。
(……こまったなあ。耳鳴りにくわえて幻聴まで聞こえるようになってきたかな。ほんとうにおばあちゃんみたいに病院に行かなきゃいけないかもしれない)
おもわず歩みを止めて、そんな不安な想像をあれこれめぐらしているうちに、いつのまにか河野あすかや平井リヨのすがたは無くて、ツノジカの展示室にいるのはヒロユキひとりだけになっていた。
奥の別コーナーから、学芸員のお姉さんがこどもたちにかけている声が聞こえる。
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