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7.その日の晩(3)
「――ふむ。よい子だ。おとうさんとおかあさんについては、なんの心配もいらないよ。
さわがれては困るのでじっとしてもらっているだけで、なんの害もない。わたしたちは、ただ、きみに聞きたいことがあって来ただけなのだよ」
やせぎすの男はヒロユキにソファに座るよううながすと、自分はテーブルのイスを持ってきて、向かってこしかけた。
その後ろには体の大きな男が直立不動で、だまって立っている。
「まず、きみは今日の昼、かむの市立博物館にいたね?かむの第二小学校からの校外学習ということで」
ヒロユキはちらっと、つっ立っている両親を見ると声も出さず、ただコクリ
とうなづいた。
「たのしかったろう?博物館は初めてだったかい?……そうか、いったいなにがおもしろかった?」
「それはやっぱりシ……」
と言いかけてヒロユキは口をつぐんだ。
「シ……カかね?そうだろうね、あの地味な博物館できみたちこどもたちの興味をひくものといえばあの大きなシカの像ぐらいだろう。……まあ、大きな『まちがい』だがね」
後ろの大男が「あんなシカなんて」と小さく毒づいた。
やせぎすの男はほほえむと
「あの博物館にはもっと注目すべき『偉大な存在』があるのだが、おろかなものはそれにちっとも気づかない……まあ、いまはそのことについて語っているヒマはないな」
ちらりと時計を見ると
「――しかし、そんななかでも、きみは特別あのシカに関心を持っていたようだね。どうも、ほかの子よりも長くあのシカ像のまえに立って見つめていたそうじゃないか。どうしてかな?」
「それは……」
ちょっと幻聴がしたから……とは言えなかった。そんなことを言ったら病院につれていかれると思って、両親にもまだなにも言っていない。
博物館から出ると耳鳴りもおさまっていたのだ。
「きみは展示室で、ひとりっきりであのツノジカと向き合っていた。そして、わたしたちが調べたかぎり、きみはあのツノジカを見た最後の人間だ」
「そん……」
(そんなことはない。だってぼくと入れちがいにあのちいさな子が……)
しかし、男はヒロユキに口をはさむスキもあたえず言葉をつづけた。
「単刀直入に聞こう。きみはツノジカ像がなくなったことについて、なにかかかわりがあるのかね?シカの行方を知っているのか?」
「そ、そんなことあるはずありません!」
「ほんとうかね?」
なぜだろう。そうたずねる男の目がなんだか黄色く光っているように思える。
「きみはもしかして『ツノジカ団』を知っているのではないかね?」
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