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8.その日の晩(4)
はじめて聞くみょうなことばにヒロユキは首をかしげた。
男はそんな少年の顔を見きわめるように、じっとにらんでいたが
「――どうやらウソを言っているのではなさそうだ。しかし妙だな」
と、なにやらいぶかしんでいる。
後ろに立つ大男は、じれったそうに
「ヒジカタさん、やっぱりこんなこどもは関係ないんじゃないか?どうせ今度の事件はツノジカ団のやつらが関わっているんだよ。なにか知りたいなら、あいつらのアジトをおそったほうがはやい」
「バカを言え。そんなことをしたらこっちも被害を受ける。ちょっとケガをするぐらいじゃすまんぞ。第一、あんなカチコチ頭のやつらが大事な『ツノジカさま』をかってに動かすことなんてありえない。なにか、他の力が動いているにちがいないんだ。
――それに、この子はやはりあやしいぞ。おれの目を見ても術にかかる気配がまるでない。こんなことはまれだ。不完全とはいえ『あのかた』の力をさずかっているおれの術が通用しないなんて、ただごとじゃない。
それにこの子が博物館でいっしょにいたのは『彼女』だ。やはりこの子はツノジカにつながりがあるにちがいない」
まるで意味不明なことをつらつらと語った男は、ヒロユキに向きなおるとニヤリとわらい、まとわりつくようなことばをかけた。
「『われわれ』に協力してもらえないかな、ヒロユキくん。いま、あのツノジカがいなくなったことはわれわれにとって大きなチャンスなのかもしれないのだよ。
われわれとしてはあのシカには当分、いや永遠にいなくなってもらうほうがいいんだ……」
「そんな……そんなのいけないよ。だって、あのシカはかむのの人気ものなんでしょ!?」
ヒロユキが思わず声を大きくして言うと、男はこわい顔をして
「人気もの『だった』だ。これからは、あんなただカラダとツノが大きいだけのものがのさばる時代ではない」
とすごむと、つづけて
「やはり、きみにはわたしたちといっしょに来てもらうのがいいだろうな。『あのかた』にきみを引き合わせよう」
男があごをしゃくって合図を出すと、それに応じて大男がヒロユキをつかもうと、その太いうでをのばしてくる。
(そんな!おとうさんおかあさん、たすけて!)
恐怖に声のつまったヒロユキは、救いをもとめるまなざしを両親に向けるが、二人ともただボウッとつっ立って人形のように動かない。
「さあ、いっしょにおいで。おとうさんおかあさんも悪いようにはしない。私たちもこどもにあんまり無体(むたい)なことはしたくないんだ」
たとえ、そのあやしげな術とやらは直接きかないとしても、おとな二人がせまってくる恐怖は、まだおさない少年の体の動きをしばるに十分だった。
声も出ずかたまってしまう。
大男のごつい手がヒロユキの腕にかかろうとした、そのとき
「まそかがみ」
だれかのつぶやきとともに、なにか強烈な光を放つものが外から部屋の中に投げ入れられた。
「うっ!なんだ?まぶしい!」
「気をつけろ!この術はやつらだ!」
まぶしさに目をつぶされた男たちは、あわを食ってどたばたと混乱していたが、しばらくして目が慣れると
「しまった!こどもがいないぞ!」
リビングから庭に出る戸は開けはなたれており、室内は黒服男たちと、強い光を浴びてもぼうっとつっ立ったままの両親だけになっていた。
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