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9. ツノジカ団(1)
「ふごふご、うがぁ――っ!」
ヒロユキは大きな袋らしきものに入れられて運ばれていた。
リビングで男たちにせまられ絶体絶命、というところで急に目の前がまぶしくなった。
そんな何も見えなくなったところを、急にだれかに手を引っぱられて連れ出されたと思ったとたん、さるぐつわをかまされたうえ頭からすっぽりと袋をかぶせられ、そのまま、まるで米袋のように肩にかつがれ運ばれたのだ。
とちゅう、すぐそばから
「静かにしてなさい。へたに動くとあぶない」
と、ささやかれた声に聞きおぼえのある気がしたが、さらわれたことのパニックが大きく、気をまわす余裕はなかった。
さんざんゆらされたあと、おろされると袋の口があけられ、さるぐつわが外された。
「ぷはぁ――っ」
まわりを見ると、そこは、なにやらどこかの倉庫らしかった。まわりに段ボール箱がたくさん積んである。それらの箱に印刷されているのは
「河…野…製…造?――えっ?ここって……」
事態の急な変化についていけないヒロユキがほうけたようにつぶやくと、うしろから、さっき袋のそばからささやかれた声が、かけられた。
「ここはあたしの家よ」
そこに立っているのは、河野あすかだった。あいかわらず、ぶっきらぼうなもの言いだ。
そして、そのうしろにはわかもの、おとなとりまぜて十人ほどが、ずらっとならんでいる。
その一人、がっちりとした体格のおじさんが、カンロクのある感じで話しかけてきた。
「――やあ、きみがヒロユキくんか。あすかのクラスメイトだってね。
さるぐつわなどしてもうしわけなかった。運んでいるとちゅうに舌でもかんだらあぶないからしかたなかったんだ。たいへんな目にあったらしいが、まあ無事につれてくることができてよかった。
わたしはあすかの父のヨウイチロウだ。どうぞ、よろしく」
日本人らしからぬフランクなようすで手をさしだすヨウイチロウに、思わず手をさしだしかえしたヒロユキは、その、ぶあつく力強い握手におどろいた。
(万力(まんりき)みたいだ。河野さんのお父さん、マッチョってやつだな。ジムにでも行ってるのかな?)
異常な事態でも、思わずそんなことを考えてしまう少年だった。
ヨウイチロウはにこやかに
「いやあ。しかし、あすかに言われて、きみの家の様子を見に行ったのが正解だった」
「あすか……河野さんが?」
ヨウイチロウの思いがけない言葉にあすかの顔を見ると、彼女はほんのすこし表情を動かして
「博物館の監視カメラ情報がもれてるかもしれないって、おとうさんが言ったから。じゃあ、最後にあの展示室にいた田中くんがねらわれるかもしれないと思っただけよ。……それに完全にすくえたわけじゃない。田中くんのおとうさんおかあさんが……」
「そうだ!おとうさんとおかあさんはどうなったんですか?」
気を取り直したヒロユキがさけぶと、ヨウイチロウはすこし眉根(まゆね)をひそめて
「残念だが、今きみのおとうさんおかあさんはヒジカタの術におかされ、心がとらわれた状態にある」
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