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その日の朝、俺は定宿で目覚めて、いつも通り冒険者ギルドに向かった。レアスキル『方向音痴』のせいで迷いやすいが、1年以上通っているギルドへの道は、さすがに滅多に間違うことはない。
ドアを押し開けると、カウンターの中にいる美人受付嬢のミアちゃんが眉をひそめて俺を睨んだ後、気の乗らぬ様子で手招きする。
「ハルトさん、ギルド長がお待ちです。二階の応接室へ行ってください」
「うん？ 何の用事？ 指名依頼かな」
「……」
「二階の応接室ってどこだったかな。ミアちゃん、案内してくんない？」
「嫌です！ この前もハルトさんを依頼主の家まで案内してたら、何故か隣町まで行っちゃったじゃないですか。金輪際ハルトさんの案内はいたしません！」
『方向音痴』は、今まで俺以外には見つかっていない超レアなスキルだ。その名の通り自分が道に迷うのはもちろんこのと、周りにいる人をも巻き込んで、思いがけないところに迷い込ませる。正直このスキルには苦労させられた。しかし迷ったせいでお宝にありつけたり、危険から逃れたりすることも多い。そして結局最後はいつの間にか家に帰りつけるので、案外悪い事ばかりじゃない。
ほかにもいくつか冒険者にふさわしいスキルは持っているが、子どもの頃からなぜかこのスキルだけ特に成長著しい。小さい頃からよく迷子になっていたからかもしれない。
今ではスキルレベルSSSという他に類を見ない実力の持ち主だ。一般的にはスキルレベルはAが最高と思われていたので、俺がギルドで鑑定を受けた時はどよめきが起こった。
スキルSSSレベルの男として周囲の期待も大きい俺だが、ギルド長は何の用事だろう？
三十分程建物の中を彷徨った挙句、ようやく応接室に辿りついた。
「おはようございます。ハルト、入ります」
「ああ、今日は早かったな」
「そうですね。この応接室に来るのも、もう四回目ですから。今日は指名依頼ですか？」
「……いや違うんだ。すまん。君には悪いが、このギルドをやめてもらえないか？」
ギルド長は気まずげにちらりと俺を見ると、手元の書類に目を落とした。
「なぜですか！ 俺はこれまで、一度も依頼を失敗したことがないんですよ」
「確かに君は失敗していない。だがな……」
◆◆◆
先日の依頼は、西の山に出たイノシシ型の巨大な魔物の討伐だった。
一緒に仕事を請けた冒険者仲間と山に登って魔物を探す。そしていつものように、気がつけば地図に載っていない洞窟に入り込んでいた。もちろん仲間たちも一緒だ。
「おいハルト、ここどこなんだよ」
「俺が知るわけないだろう。お前についてきたんだから」
「ちっ。SSSめ、仕方がねえ。出口を探すぞ！」
仲間たちと洞窟を彷徨うこと五日間。
俺達の目の前には巨大な古代の神殿があった。神殿の奥には一本の剣が祭られている。いつから置いてあったかもわからないのに古さを感じさせない、美しい剣だ。飾りは最小限でシンプルだが、切れ味の良さそうな刃が輝いている。そばには同じく実用的な鞘もあった。
何気なく剣を手に取った俺だったが、危うく取り落としそうになる。その剣が俺の頭に直接語りかけてきたのだ。
『お前を我が主と認めよう。さあ、天に向かって我が力を解き放つのだ』
「お、おう」
言われるがままに剣を両手で持ち直し、高く天井に向かって掲げる。すると剣から一筋の光が天井の岩まで伸び、そのまま岩を突き抜けてさらに上へ上へと……
「やべえぞ、ハルト、天井が崩れる！」
仲間の冒険者たちは我先にと逃げていくが、俺は剣を持ったまま動くことが出来ない。いったいどうすりゃいいんだ。
天井からは轟音が響き、俺の上にもパラパラと岩が落ちてくる。そして、ひときわ大きな破裂音がした後、ついに青空が見えた。幸い俺に大きな岩が当たることはなかった。
そしてなんと、剣の力で開いたその穴から、巨大なイノシシが落ちてきたのだ。
「うわっ」
ようやく動けるようになり、俺は慌てて飛びのいた。轟音とともに目の前にイノシシ型の魔物が墜落して、そのまま息絶える。
剣は満足したかの如く光を消して、今では普通のごくありふれた剣の様相をしている。
イノシシ型の魔物の討伐証明部位を切り取って、仲間たちが逃げたであろう方向に向かって走ること数時間。ふと気付くと、山のふもとに出ることができた。そこには仲間たちも全員無事でいた。
「合流出来て良かった。ほら、魔物は討伐したぞ」
「何故お前ひとりでそんな大物を……は、ハルト！ あぶねえぞ。走ってこっちに来い」
「え？」
こっちに来いと言ったまま、仲間たちはまた俺を置いて走り去っていく。慌てて追いかける俺の背後で、轟轟と音を立てて山が崩れていた。土煙が俺の背中を押す。振り返ったとき、さっきまで彷徨っていた山は影も形もなく、ただ土砂に埋もれた平地だけがそこにあった。
◆◆◆
「ということが、先日の依頼ではあったな。その前の依頼では……」
「いやいや、ギルド長。あの依頼では被害者も出さずに魔物は退治したし。その前の依頼も無事に……」
「『被害者』はいなかったかもしれんが『被害』は甚大なんだよ、君の場合。唯一その遺跡とやらから持って帰った剣も、売ることすらできん。なぜか君にしか扱えんからな。まったく大損害だ。ギルドが山の持ち主から訴えられてるんだぞ」
「俺に言われても……不可抗力でしたし」
「せめてその剣が売れれば良かったんだがな」
「この剣は今では俺のペットのようなものですから、持っていかれても困ります」
「要らんよ。君以外が触れたら痺れる剣など売れんさ。しかも鑑定してみたら、その剣のスキルは『常識破壊SSS』じゃないか。つまり君がその剣を持っている限り、依頼を請けることによって大きな被害が出る可能性があるってことだ。頼むから、ギルドをやめてくれ。できればこの街から出て行ってもらえないだろうか」
ギルド長は、最後に一気にそう言うと、静かに頭を下げた。
そこまで言われては仕方がない。俺は重い足を引きずりながら、定宿へと帰り着いた。
少し迷ったので三時間半かかった。
宿へはすでにギルドから知らせが来ていたらしく、荷物をまとめて出て行って欲しいと言われる。俺はわずかばかりの持ち物と相棒の剣を手に、宿を後にした。
宿屋のオヤジがせめてものはなむけにと弁当を用意してくれたのが、地味に胸を打った。
◆◆◆
宿を出て、町を出て、俺は歩いた。時折現れる魔物を相棒で倒して、通りかかった村で売る。そんな気ままな旅だ。
町を出てどれくらいたっただろう。森の中で濃い霧に包まれて迷った。伸ばした手の先さえ見えない。その時腰に差した剣が語りかけてきた。
『わが主よ、ここには不思議な気が満ちておる。さあ我が力を解き放つのだ』
「大丈夫か？ 前みたいに山が一個潰れたりしない？」
『ここは森である。山は潰れないだろう』
「ならいっか。じゃあいくぞー」
剣を掲げると光がほとばしり、あれだけ濃かった霧がみるみる消えていく。
驚き辺りを見回して、再び驚いた。ここはさっきまでいた森ではない。見たこともない巨大な建物が林立する、大きな大きな街の中。これは本当に人が住む街なのか。
もしや幻？
呆けて上を見上げていた俺は、気が付くと大勢の人に取り囲まれていた。
「だいじょーぶですかー？」
「キャー、かっこいい！本格的なコスプレですね！写真撮っても良いですか」
「おー、すげー。やっぱこういうイベントにはここまで本格的じゃないと目立たないか」
「ねえねえ、ぼーっとしてるけど大丈夫？」
大勢の変わった服装の男女に取り囲まれて、ギルド証に似た板を向けられた。その者たちが板を触るたびに、カシャカシャと音がする。最初は何事かと思ったが、悪意はなさそうだ。剣は満足したかのように黙っているので鞘におさめた。
俺がぼんやりしているうちに、数人が俺をひっぱって歩き始める。そこには不思議な匂いの食料が売っていて、周りを見れば歩きながら手掴みで食べているものも多い。
手掴みでものを食べるなど、冒険者しかしないはずだ。ということは、ここはこの街の冒険者が集まる店ということだろう。
彼らはどうやら俺に新たな居場所を提供してくれるらしい。
俺の喜びを感じ取ったのか、腰の剣が震えた。
『さあハルトよ、この新しい世界で我を解き放つがよい！』
「お、おう」
相棒の剣に言われるがままに、俺は彼を高く掲げた。相棒はその先から、輝く光を空に向かって放った。
「すげえな、その剣。どんなギミック使ってんの？」
「わー」
「かっこいい！」
「いいね！」
光は空に吸い込まれて消えていった。剣は満足したかのように、また黙って鞘に収まる。
数分後、はるか上空から目の前に何かが落ちてきたが、それは俺には関係のない事だろう。
側にいる人たちに、この街でのしきたりを習い、持っていたものを換金してもらった。少額のコインも高価な金貨も同じくらい高額で買い取ってくれたのは驚きだ。
そして、この街でのギルド証にあたるらしき「スマホ」というものも、無事手に入れることができた。
今、俺は道に迷っている。
迷っているが、大丈夫だ。このギルド証「スマホ」がある限り、俺はどこにいても世界と繋がる事ができる。
あ、洞窟だ。入ってみよう。忘れないようにまずカメラアプリを起動する。
今度はどんな遺跡が見つかるだろう？ それとも金塊か宝石か、あるいは魔物がいるかもしれない。
レアスキル『方向音痴』がいつだって俺を冒険の世界に案内してくれる。
俺はいま、ギルド「ユーチューバー」のSSSランクの冒険者なのだ。
――了――
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