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プロローグ
吉祥寺のとあるビル中、地下の一室。
ろくに換気も行われていない地下には、甘い煙草の匂いが充満していた。
灰色の壁に寄りかかり、この部屋に入ってから早くも十本目のショートピースを吸い始めた男。足元には雑に捨てられた煙草と、乾ききらない赤色の跡があった。
「仁さん、吸いすぎじゃないっすか……」
部屋の扉を開けて入ってきた青年が、ごほごほとむせながら話しかける。煙で視界がぼやけていて分からないが、うちのお偉いさんは随分と機嫌が悪いらしい。
軽薄そうな金色の頭を掻いて、返事のない男に苦笑する。
「吸うのは別に構わないんすけど、換気ぐらいした方がいいっすよ。マジで。肺真っ黒で早死にとか冗談じゃないんで。オレのダチも中学んときから吸ってて、成人してすぐお陀仏ですよ。いやーまじ煙草って怖いっすね」
「____星羅(せら)、早く片せ」
「はいっす」
一方的に話しかければ、掠れ気味の低音が無感情に言葉を発する。
部屋の真ん中、血溜まりの方へ歩いていけば、手足を拘束されたまま壊れそうな男がいた。腹や腕には痣、根性焼きの痕。手足の爪は全て剥がされ赤い色を垂れ流している。
口にはタオルが突っ込まれていて、声を出す気力もなさそうだ。叫びすぎて喉がイカれたのかもしれない。
しかし一番酷いのは、男性器につけられたコックリングと尿道バイブ、赤く腫れ上がったアナルに突き刺さったままのディルドだ。
思わずオエ、と吐き気を覚える。
星羅は根っからの異性愛者で、仕事柄見慣れているとはいえ、気持ち悪さは拭いきれない。
「また酷くやりましたね。吐いたんすか」
「ああ。治療してオークションに出せ、見目が良いから売れるだろ」
____そりゃ確かに、なかなかのイケメンだけれど。なんだかアイドルにいそうだ。
壊れかけの青年は、引き渡される前怖いお兄さん達に殴られたおかげで、その整った顔が台無しになっている。
星羅も仁に指摘されるまで気がつかなかった。しかし顔がいいからといって興奮するかと言われればそうでもないし、やはり気持ち悪いのでバッグにつめて運びたいぐらいだ。
「駄目だ。死ぬからな」
「うおっ」
いきなり至近距離から低い美声が聞こえて、飛び上がる。いつのまに近づいていたのか、仁はその恐ろしいまでに整った顔を星羅に向けた。
いつ見ても慣れない。恐怖すら覚える整いすぎた顔立ち。百八十五以上はあるだろうしガタイも良い、スタイルも完璧ときた。全く中性的ではないのに「うつくしいおとこ」としか表現できないほどの美貌が、すぐ近くにある。
テレビの中で見る芸能人よりよっぽど整った造形だが、彼らと違い華やかで明るいオーラを纏ってはいない。反対に、夜や闇のような、ぞっとする色香を漂わせている。
長めの黒い前髪から覗く灰色の瞳は、くすんだ銀の輝きを見せた。
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